不良教師名古屋へ行く

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世界は道義の支配する世界である。我々国民は対外体内両面の生活に於て著しく同義の支配を感ずることになる。一躍して黄金時代が来ると見るのも間違だけれども、同義を無視して尚且つ栄える途があると思ふならば、之れ日天に沖して尚前世紀の悪夢に迷ふものに外ならない。油断はするな、万一に備へよとの警告は依然として必要であるけれども、然しながら我々の国家生活の理想は最早富国強兵一点張りであつてはならない。道義的支配の疑なき以上、我々は腕力の横行に警戒し過ぎて、無用の方面に精力を浪費するの愚を重ねてはならない。我々は過去に於て富国強兵の為に如何に多くの文化的能力を犠牲したかを反省するの必要がある。従来は之も致し方なかつた。併し之からは遠慮する所なく、我々の能力を全体として自由に活躍さすることが必要である。我々のあらゆる能力の自由なる回転によつて、茲に高尚なる文化を建設することが国家生活の新理想でなければならない。
    −−吉野作造「国家生活の一新」、『中央公論』一九二〇年一月。

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どうも氏家法雄です。

週末は名古屋にて倫理学を講じてきます。

現在、新幹線の車中の人です。

ビール呑みながら、仕事をしております。

いろいろと社会情勢的にアタマに来ることばかりですが、負けずに取り組んでいこうと思います。

さて、、、

ここ数日は、更新など遅れると思いますがご容赦のほどを。

⇒ 画像付版 不良教師名古屋へ行く: Essais d'herméneutique