真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ。




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 英人は天下一の強国と思へり。仏人も天下一の強国と思へり。独乙人もしか思へり。彼らは過去に歴史あることを忘れつつあるなり。羅馬は亡びたり。希臘も亡びたり。今の英国仏国独乙は亡ぶるの期なきか。日本は過去において比較的に満足なる歴史を有したり。比較的に満足なる現在を有しつつあり。未来は如何あるべきか。自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。黙々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内を虚にして大呼勿れ。真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ。汝現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となつて現はるべし。
    −−夏目漱石「日記」、三好行雄編『漱石文明論集』岩波文庫、1986年、306頁。

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少し調べモノがあって漱石夏目金之助(1867−1916)の著作をぱらぱら開いていたのですが、1901(明治34)年3月の日記(3月21日)に釘付け。

前月の2月、八幡製鉄所に火がともり、いよいよ日露開戦を想定しつつ総力戦に向けて火の玉となりつつあり、その年の10月からは日英同盟へ向けた外交交渉が開始されるという年。

熱狂化の一途を辿る現状に冷や水をあびせるといいますか、事態に右往左往することなく、深く沈思黙考しつつ、未来への展望をひらくその言葉に圧倒された次第です。

末尾の「未来は如何あるべきか。自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。黙々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内を虚にして大呼勿れ。真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ。汝現今に播く種はやがて汝の収むべき未来となつて現はるべし」には大いに目を見開いた次第です。

別段、天下国家を論じようとは思いませぬが、私自身の生活の照らし合わせてみても、バラ色の未来なんて想像すらできない毎日で、岩に爪で穴をこじ開けるような奮闘する毎日ですが、初志だけはわすれず、「真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ」……とありたいものですね。

ふうむ。






⇒ ココログ版 真面目に考へよ。誠実に語れ。摯実に行へ。: Essais d'herméneutique


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