安全は魂の本質的要求の一つである
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安全
安全は魂の本質的要求の一つである。安全とは、魂が不安や恐怖の重圧のもとにないことを意味する。ただし、偶然的な事実が重なったばあいのごく稀な短期間にかんしては、このかぎりではない。持続的な魂の状態としての不安や恐怖は、その原因が失業の可能性であろうと、警察の弾圧であろうと、外国人の征服者であろうと、起こりうると予想される侵略であろうと、あるいは、人間の力を超えるように思われる他のもろもろの不幸であろうと、そのすべてはほとんど致命的な毒である。
ローマの主人たちは、玄関のなかの奴隷たちから見えるところに、鞭をかけておいた。それを見ると、奴隷たちの魂は、隷従に不可欠な半死の状態に陥ることを知っていたからである。他方、エジプト人にしたがえば、義人は、その死後、「私はなんびとにも恐怖を与えなかった」と言うことができなければならぬとされていた。
恒常的な恐怖が単なる潜在状態をなし、苦悩として自覚されることがきわめて稀な場合でさえ、その恐怖はつねに一つの病いとなる。それは魂の半麻痺状態である。
−−ヴェーユ(山崎庸一郎訳)「根をもつこと」、『シモーヌ・ヴェイユ著作集 V』春秋社、1967年、52頁。
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まじで意味不明なのですが、10/20から1日も「休日」がない。
いったい、日本社会はどーなってンだorz
これが非正規雇用の実態だ!!!
シモーヌ・ヴェーユ著作集〈5〉根をもつこと
posted with amazlet at 11.12.22