覚え書:「哲学カフェ:震災語る 『ふるさと』『復興』とは/議論通し『気づき』の場に」、『毎日新聞』2012年2月7日(火)付。

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哲学カフェ:震災語る 「ふるさと」「復興」とは/議論通し「気づき」の場に

 コーヒーや紅茶を飲みながら、市民たちが身近なテーマについて対話する「哲学カフェ」。東日本大震災後は、震災をテーマに各地で活発に開かれている。どんな議論が繰り広げられているのか、仙台の取り組みを取材した。【中村美奈子】

 図書館やギャラリーなどが入る仙台市青葉区の公共複合施設「せんだいメディアテーク」。1月22日に「考えるテーブル てつがくカフェ」が開かれ、若者から高齢者まで約80人が参加した。テーマは「<ふるさと>を問い直す <復興>のために」だ。
 「ふるさととは一体何なのか。当たり前だと思っていることを、そもそもそれって何だろうと問い、対話の中で自分の言葉で編み上げていくのが哲学です」。冒頭、進行役の西村高宏・東北文化学園大准教授(42)が参加者に語りかけた。発言は要約筆記され、スクリーンに字幕で次々と映し出される。
 「最初に、自分のふるさとについて話してください」と西村さんが水を向けると、若い男性が手を挙げた。マイクを持ち「自分の生まれ育った所。思い出がある所。(仙台市沿岸部の)貞山(ていざん)運河が僕のふるさと。実家は津波でなくなり、寂しかった。家族がふるさとでは」と話す。
 37歳で東京から来たという男性は、出身地をふるさとと思えないと言う。「ベッドタウンの千葉県柏市の出身。学校に“ふるさと柏”と書かれていた。でも柏には、ふるさと性を感じられない。そういう人もいるのでは」
 「家族」と関連づける人、「ふるさとと感じられない」という人。西村さんが論点を整理する。「ふるさととは自分の何かをしゃべるような所があり、そこが、ふるさとを読み解く上で大事なのかなと感じます」とし、「被災地には絶対にふるさとに戻りたいと言う人がいる。なぜそんなにこだわるのでしょうか」と投げかけた。
 高齢の男性は勢いよく挙手し、「お母さんに関係する懐かしい所だから」。40代くらいの男性は「自分にとって落ち着ける、安定できる場所では」。「落ち着くとは?」と西村さんから問われると、男性は「自分を再確認できる所で、ホッとできる感覚につながると思う」と続けた。
 西村さんは「自分の再確認や他者からの承認と、どうしても自分の問題が出てくる」と受けた後、「今回、福島第1原発近くの警戒区域では、住民が戻れずにいる。新しい所にふるさとはできず、失ったきりなのか」と語りかけた。
 40代くらいの女性は、ふるさとのキーワードに「原風景」を挙げた。「映画『ALWAYS 三丁目の夕日』のような世界」とも話した。西村さんは「原風景とは、その人の核となる部分を作る体験が風景として出ているもの」と説明し、哲学者の内山節(たかし)さんの文章を紹介した。自然とのかかわり方が、山や川と共存するための「作法」(決まり事)として、村人の暮らしや儀式に表れるという。
 40代の男性は「高度成長期にベッドタウンの団地に住んだ人たちは、ふるさとを作ろうとしたのでは」と指摘した。千葉市内の公団の賃貸住宅で育ち、大学入学を機に仙台に移り住んだという。「お祭りが象徴的なのでは。私の育った団地には8月ごろ、団地祭があった。毎年広場にやぐらが組まれ、自治会も屋台を出し、子どもの私も親と店番をした」と振り返った。
 西村さんは、民族紛争で解体した旧ユーゴスラビア出身の映画監督、エミール・クストリッツァさんの言葉を引用した。
 「祖国とはテリトリーではなく、記憶なのだ」

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 仙台での「てつがくカフェ」は10年5月、西村さんが呼びかけて始まった。対話を通して自分の考えをたくましくしようと、当初は「じぶんってなに/だれ?」「場の空気ってなに?」などを取り上げた。昨年6月からは震災をテーマに、ほぼ月1回開催し今回は7回目。飛び入りで参加できる。参加は無料(飲み物は有料)。各回の対話は、フリーペーパーのような形で発行を検討中という。
 4回目の参加という30代の女性は住んでいた仙台市内の賃貸マンションが震災で全壊し、借り上げ住宅で暮らす。ボランティアで訪れた宮城県南三陸町の惨状を見て、自分が被災者というのが申し訳なく、「仙台独特の苦しさ」を感じていたという。
 だが、昨年12月のカフェで、フランスから帰国したある参加者が「私は日本中が被災地だと思っています」と発言したのを聞き、「自分を被災者と認めていいんだな」と心が軽くなった。「ヒントがちりばめられている場。刺激を受けます」と話した。
 主催者の西村さんは「他人に向かって発した自分の声を自分で聞き、自分の考えに気づくという点が大きい。もんもんと考えていてもダメで、議論を聴くことにも意味がある。議論を通して自分の考えをたくましくしてもらえたら」と語った。
 次回の「てつがくカフェ」は今月10日午後6時半から、「<復興>が/で取り戻すべきものは何か?」を話し合う。

 ◇知識不要、自由に対話
 哲学カフェは90年代のフランスが発祥とされる。日本では00年代初頭に始まり、京阪神や東京を中心に、九州や被災地の仙台、福島、岩手、山形などで開かれている。一般の個人がそれぞれ主催。哲学思想の知識は必要なく、肩書抜きで誰もが自由に参加でき、対話する。分かりやすく意見を述べ、他人の発言は最後まで聴くのがルールだ。
 大阪市での「実験哲学カフェ」は、01年から続いている。月2回の開催で、大阪市北区の飲食店「雲州堂」を会場とする回と、当日決めるペアで歩きながら語る回がある。参加無料で、飲み物代は自己負担。次回は今月19日午後2〜4時、雲州堂で。テーマは「いい話があるんですけどね。」。
    −−「哲学カフェ:震災語る 『ふるさと』『復興』とは/議論通し『気づき』の場に」、『毎日新聞』2012年2月7日(火)付。

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http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120207ddm013040013000c.html



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