「なんの……いまとなっては、おもしろかったわえ」
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苦笑と共に、信之が、
「われらに面倒が見きれぬことよ」
「御苦労を、おかけいたしまいた」
しみじみと、右近がいった。
「なんの……いまとなっては、おもしろかったわえ」
事もなげに、一当斎信之が、
「大名のつとめと申すは、領民と家来の幸せを願うこと、これ一つよりほかにはないのじゃ。そのために、おのれが進んで背負う苦労に堪え得られぬものは、大名ではないのじゃ。人の上に立つことをあきらめねばならぬ。わしが、孫の伊賀守を、あくまでも拒みぬいたのも、それがためであった。人は、わしを名君と呼ぶ……が、名君で当り前なのじゃ。いささかも偉くない。大名たるものは、いずれも名君でなくてはならず、そのことは、別にほめられるようなことでも何でもないのじゃ。百姓が鍬を握り、商人が算盤をはじくことと同じことよ」
−−池波正太郎『獅子』中公文庫、1995年、250頁。
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昨日は、またしても情けない話しですが、近況を心配してくださった卒業生から、
「一杯やりましょう」
……とお誘いを受け、吉祥寺にて晩酌。
ありがたいことです。
現実は、これから大変になっていくことは承知ですが、
あとになって今の時期を振り返るときがきた暁には、
「なんの……いまとなっては、おもしろかったわえ」
……などと放言できるようにしたいものです。
ともあれ、Hさん、ありがとうございました。