覚え書:「異論反論 橋下大阪市長に注目が集まっています 危うくとも潰してならぬ=佐藤優」、『毎日新聞』2012年2月29日(水)付。



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異論反論 橋下大阪市長に注目が集まっています 危うくとも潰してならぬ
寄稿 佐藤優

日本の政治が機能不全を起こしている。この閉塞状況を打破してくれるのではないかと橋下徹大阪市長に対する期待感が高まっている。同時に、橋下氏の手法が、ファシズムに親和的な「ハシズム」でないかという懸念も有識者の中で強い。筆者は、橋下氏の政治手法はファシズムと根本的に異なるとみている。まず橋下氏にはファシズムに特徴的な金融資本批判と社会的弱者に対する再配分という主張が欠如している。それ故に橋下氏が弱肉強食を是認する新自由主義者であると決めつけるのも間違いだ。橋下氏は、目の前にある問題を現実的に解決しようとする実証主義者である。
 さらにファシズムの特徴は、排外主義にある。国内政治において、橋下氏は常に仮想敵を作り出して、自らの権力基盤を強化するという手法をとっている。ポピュリズムの文法に従い、中国、韓国、北朝鮮、あるいはロシアを標的に定めた排外主義を用いると、橋下氏は国民的支持を急速に拡大できる。そのことをわかっていながら、橋下氏はあえて排外主義カードを切らない。外交・安全保障問題の重要性を橋下氏が直観敵に理解しているからだと思う。

天賦の才を日本のために活用すべし
 一部の有識者からの批判に対し、橋下氏はツィッターで感情的な言語を用いて激しく反応することがある。しかし、それ故に橋下氏に他者の見解に耳を傾けないという独善家というレッテルを貼るのは間違いだ。「お前はいかがわしいやつだ」という視座から行われる高踏的な批判に対して「何を偉そうな」と橋下氏は毒舌で応えるが、そうでない批判については、熟慮し、政策で軌道修正を行う。「船中八策」のたたき台で提唱した首相公選制についても元首は天皇であるということを明確にした。国民の直接選挙に基づく首相が生まれると権力と権威が一体化し、日本の国家体制を成り立たせる根底(伝統的な言葉でいうところの「国体」)を毀損する可能性があることに橋下氏が気づいたのだと思う。
 また、たたき台では米海兵隊普天間飛行場沖縄県内移設を盛り込んだ「米軍再編のロードマップ(行程表)履行」と規定していたのを改め、「日本全体で沖縄の基地負担の軽減を図る新たなロードマップの作成に着手」と明記し、「普天間は県外で分散移設」との文言を加える方向で検討しているという(23日読売新聞電子版)。普天間問題の本質が、沖縄に過重な基地負担を強いている構造化された差別にあることに橋下氏が気づいたから、このような方針転換を行ったのである。
 橋下氏には確かに危うい要案がある。しかし、過ちを犯さないのは何もしない人だけだ。橋下氏を潰してはならない。民意を的確にとらえ、かつ柔軟に変容することができる橋下氏の天賦の才を日本のために活用すべきだ。
さとう・まさる 1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。同志社大学院神学研究科修士課程修了。「野田政権下で北方領土交渉が動くような予感がします。筆者のところにも、モスクワからさまざまなメッセージやシグナルが送られてきます」
    −−「異論反論 橋下大阪市長に注目が集まっています 危うくとも潰してならぬ=佐藤優」、『毎日新聞』2012年2月29日(水)付。

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