書評:ジェームズ・レイチェルズ(古牧徳生・次田憲和訳)『倫理学に答えはあるか―ポスト・ヒューマニズムの視点から―』世界思想社、2011年。
ジェームズ・レイチェルズ(古牧徳生・次田憲和訳)『倫理学に答えはあるか―ポスト・ヒューマニズムの視点から―』世界思想社、2011年。
嘘を付くことはなぜいけないのか。安楽死はいいのか・わるいのか……倫理学の対応すべき事柄は身の回りの雑事から社会的な問題まで幅広い。
アリストテレスは美徳から、カントは定言命法の立場から、そして功利主義は効用計算からその根拠を導き出そうと試みた。すっきりする説明もあれば、納得しがたい違和感も残るのがこれまで議論だったのではないだろうか。
著者は、これまでの先験的な人間の尊厳性を徹底的に否定することので、その違和感に応えようと試みる。
まず道徳的根拠は、普遍化された一つの原理に求めることは不可能だろうという現実から出発する。そして、道徳の原理や道徳的判断の根拠を演繹的な理性の推論には置かず、「信念ネットワーク」の総体に著者は見出そうとする。
荘厳な倫理体系が全てを担保するのは夢想にすぎないかもしれない。なぜなら現実には、様々な原理や原則が相互に関連し、影響しあって体系にみえる仕組みを構想するからだ。
この信念ネットワークは先験的体系ではないから、そのつどアップデートが可能である。大胆に可謬主義を認めつつ、それを補完する議論は昨今の流行といえようが、著者の議論には「軽薄さ」を感じることが全く出ない。驚くばかりである。
イエスかノーかの根拠はどこにあるのか。その連鎖を辿ることで、脊髄反射を柔軟に退ける一冊。大学のゼミや演習での教材にも使いやすいと思う。
※またしても時間がないのでブクログの短評の加筆訂正でお許しを