書評:荻野富士夫『特高警察』岩波新書、2012年。

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特高警察』が新たな取締り対象を求めて自己増殖化していくこと、ひとたび制定された治安維持法がその使い手である取締り当局の恣意的運用にまかされていくことを、大きな犠牲の代償として学んだ。ゲシュタポの「非社会的分子」の強制排除やスターリン粛正などに代表されるおびただしい権力犯罪を経験するなかで、思想を取締り、人権を蹂躙することが誤りであり、否定されるべきことが二〇世紀を通じて確立され、二一世紀に引き継がれた。
    −−荻野富士夫『特高警察』岩波新書、2012年、232頁。

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本書は、悪名高い「特高警察」の組織と実態を史料と証言から全貌を明らかにする。国内の動向だけでなく朝鮮半島満州での活動、ゲシュタポとの対比、敗戦による解体と継承まで視野に入れたアクチュアルな作品。入門的類書の少ない中、便利な一冊か。著者の『思想検事』と合わせて読むべき。

2011年は大逆事件から百年。著者自身あとがきで指摘するように「特高警察」百周年でもあることを私自身も失念したorz 高見順は「人権指令」発令直後「特高警察の廃止、−−胸がスーッとした。暗雲がはれた想い」と日記に。自由や人権、平等といった価値を放擲するのは簡単だが、回復は至難。


昨今、機能不全や制度疲労から「赤子と一緒に産湯を捨てる」議論が横行している。アローの不可能性定理をもちだせば、民主主義の多数決議論の原理的誤りは明らか。しかし原理的なるもの以前の気分で否定というのが一番コワイのじゃないか。手続きと形式が煩瑣としてもそれは、内実を保障する担保だから。



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