覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 危機に直面する持続可能性=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年7月6日(金)付。



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くらしの明日 私の社会保障
危機に直面する持続可能性
湯浅誠 反貧困ネットワーク事務局長

増税の必要性、共有できるか
 税と社会保障の一体改革関連法案は、民主、自民、公明の3党による修正合意が図られ、衆院で可決された。政府・民主党が法案成立に向け自公両党に歩み寄った印象が強いが、自公両党も、相当に民主党への歩みよりを見せた。ただ、衆院本会議の採決では民主党から多数の「造反」が出て、同党は分裂した。
 一体改革を巡る主だった批判は、いくつかの類型に分けることができる。
 (1)時期が悪い。経済的見地から、デフレ下での増税はかえって税収を落とす。
 (2)歳出削減努力が不十分。議員定数削減や公務員の給与削減など「身を切る改革」が足りない。
 (3)意思決定プロセスが悪い。民主党マニフェスト政権公約)違反であり、3党合意も密室で決まった。
 (4)一体改革になっていない。消費増税だけが先行し、社会保障改革は社会保障国民会議の議論に先送りされた。
 (5)そもそも消費税は基幹税としてふさわしくない。逆進性のある消費税より、所得税法人税増税すべきだ−−。
 批判にはそれぞれ一理あるが、重要な点も共通する。それは増税による社会保障機能強化の必要性は認めている点だ。世界一の高齢化を先進国中最低レベルの社会保障給付で維持することの無理は、誰もが認めざるを得ないからだ。
 いつ過労死してもおかしくない超人的な働き方をする医師や看護師。肉体的にも精神的にも過酷な労働を、恐ろしく低い賃金で担う介護ワーカー。親の介護や子育てのために仕事を辞めざるを得ない女性たち。健常者並の暮らしを実現できない障害者たち。既存のセーフティーネットから漏れ、無縁状態の中で傷ついた若者や中高年男性や高齢者たちーー。
 日本の社会は、こうした人たちを「見て見ぬふり」をすることで、問題をごまかし続けてきた。しかし。過酷な生活によって矢尽き刀折れた人々は社会の周辺に堆積し、今や社会の屋台骨を揺るがすまでに至っている。


 個人(ミクロ)レベルでは、追い詰められた当事者が精神状態を害し、家族の就労や地域活動を制約したり、子どもの教育環境を悪化させたりし、社会の活動を停滞させる形で顕在化しつつある。
 社会(マクロ)レベルでは、結婚も子育ても困難な労働条件が未婚率を上げ、少子化をもたらし、高齢化率を上げ、社会保障どころか社会そのものの持続性を蝕んでいる。貧困の拡大による生活保護の急増も、その一つに過ぎない。
 政府と企業と個人、そしてマスメディアが、増税による社会保障機能強化の必要性という前提を共有し、自分たち自身の暮らしの持続可能性のためにどれだけ拠出できるかを率直に語り合える日は、果たして訪れるだろうか。

ことば 民自公3党による修正合意
消費税を14年4月に8%、15年10月に10%へ引き上げる一方、政府・民主党が導入を目指す「給付付き税額控除」や、食料品などの税率を下げる「軽減税率」も検討するとの内容。社会保障分野は、民主党が09年衆院マニフェストに掲げた年金と医療の改革案を棚上げし「国民会議」で議論する。幼稚園と保育所の一体化は撤回、現行制度の拡充にとどめる修正を行った。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 危機に直面する持続可能性=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年7月6日(金)付。

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