覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『こんなにちがう ヨーロッパ各国気質』=片野優、須貝典子・著」、『毎日新聞』2012年07月08日(日)付。



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今週の本棚:伊東光晴・評 『こんなにちがう ヨーロッパ各国気質』=片野優、須貝典子・著
 (草思社・1680円)

 ◇北から南へ、誇り高く多様な文化を知る
 ヨーロッパ各国気質とあるが、ヨーロッパ旅行にも、この程度の知識がほしいと思える三十二カ国案内である。
 まずイギリス。サッカー発祥の国であり、ワールドカップには、イングランドスコットランド北アイルランドウェールズの代表が、それぞれの国の旗を立てて戦うように、四つの国の連合体である。ユニオンジャックは、この前三カ国の旗をかさねあわせたものである。(ウェールズの旗が正式に採用されたのは一九五九年のことなので、これには入っていない)
 本書にあるようにウェールズは早くからイングランドに合併されているが、朝の挨拶(あいさつ)はGoodmorningではない。文化は多様である。イギリスは文字どおり「連合」王国であり、四つの地域の人々の気質の違いは語りつくされているが、個人差も大きいことは、今さら書くまでもない。
 独立をかちとったアイルランド共和国について書くと、クロムウェルの弾圧と飢餓の苦難の恨みは永く忘れられていない。第二次世界大戦の時、チャーチルが強く求めたにもかかわらず、アイルランドは対日参戦をしなかったのは本書にあるとおりである。私が知るアイルランド人も反イングランドで、それゆえに親日的だった。
 余談だがマック(Mac)はアイルランド系の名で「……の子」の意味。アーサーの子が、マッカーサー、ドナルドの子がマクドナルド。人口は四五〇万人だが、アメリカには四四〇〇万人、世界では八〇〇〇万人のアイルランド系住人がいる。ケネディレーガンアイルランド系である。
 ドイツ人とフランス人の気質については、ステレオタイプジョークが多いのではぶくが、フランスはフランス語を話す人の国、誇り高いヨーロッパの中心で、デパートで店員に英語で聞いても答えてくれないことがあるのはたしかである。こうした時は“Excusez‐moi de vous déranger,monsieur/madame”というと、とたんに親身になってくれるとある。“おじゃまして恐縮ですが”という意味らしいが、今日では丁寧すぎる言いまわしかもしれない。
 フランスは国王と教会から人民が権力を奪った共和国であることを忘れてはならない。一切の宗教色を公的な場所から排除している。アメリカ、イギリスとは違うのである。
 小さくとも一人当たりGDP世界一がルクセンブルクなら、日本と古い交わりのある国はオランダである。「おてんば」「ポン酢」「ランドセル」「オルゴール」等、オランダ語からきているものは多い。ヨーロッパなのに無宗教の人が四二%もいるとは驚いた。寛容な社会なのである。食生活も質素。「食べるために生きる」がフランス人ならば「生きるために食べる」のがオランダ人という。さすがワリカン−−ダッチ・アカウント−−の国である。ロッテルダムはコンテナ船が集中するヨーロッパの中心港であることも注意を要する。
 北欧の三カ国はバイキングの末裔(まつえい)なので、さぞ気が荒いだろうと思いきや、その中心スウェーデン人は「他人に配慮し」「控えめに話をする」「几帳面(きちょうめん)で北欧の日本人」だという。もっとも私には金髪、碧眼(へきがん)、色白、長身でスマートの代表のように思える。加えて西欧福祉国家である。男性も女性と同じ育児休暇制度を世界に先がけて制度化し(両親で計四八〇日)、双子や三つ子などの場合には一人につきプラス一八〇日、この間給与は八〇%だという。
 完全男女平等で離婚率が高いというのは、ある意味で俗説で、必ずしも当たらないらしい。人口当たり離婚件数はアメリカ、ロシアの四・五%にくらべて二・四%で、日本の二%と数字上はさして変わりはない。
 デンマークは「みんな平等」というヨーロッパの最古の王国だと言われると、みな平等の国なのになぜ国王がいるのかと思ってしまう。歴史上ではノルウェースウェーデンデンマークの領土だった。食糧自給率三〇〇%、人口は三カ国とも一〇〇〇万人以下の小国だが土地は広大。しかし気質は違う。
 ヨーロッパ文化の発祥の地ギリシャを夢みて訪れた日本人は、現実の街の姿にがっかりするという。そのとおりである。逆にイギリスからフランスにくると明るさと解放感を感じ、イタリアに来ると安心感にひたれる。スペインは午前中は二時まで。それを過ぎると商店は閉まる。いい加減な所と親切心が混在している。
 それにしても二人でヨーロッパ三十二カ国のことをよく書いたものだと感心させられる。そこから浮かんでくることは、国民性も文化も各国多様だということである。二〇〇五年十月にパリで開かれたユネスコ総会で「文化の多様性に関する国際条約」が採択された。アメリカはこれに反対し、グローバリズムを押し通そうとしたが、同調者はイスラエルのみ。日本もフランスと採択を主導した。この本が書くように、世界の文化は多様なのである。
    −−「今週の本棚:伊東光晴・評 『こんなにちがう ヨーロッパ各国気質』=片野優、須貝典子・著」、『毎日新聞』2012年07月08日(日)付。

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