「僕みたいに白人で男で中産階級のアメリカ人学生は何も言う資格がないんじゃないでしょうか」とぼやくだけでなく



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 現在ニューヨークのコロンビア大学で教鞭をとるガヤトリ・スピヴァクは、その難解な文章もさることながら、教室でもきびしい姿勢で有名である。あるとき大学の教室で、ひとりの学生が「先生の言われるように、自分の出自を自覚したり、自分がどんな特権的な位置から話をしたり知識を得たりしているかにいつも意識的であろうとすると、僕みたいに白人で男で中産階級アメリカ人学生は何も言う資格がないんじゃないでしょうか」と聞いてきた。そのときスピヴァクはこう答えたという。「そうやってあなたに何も言えなくさせている、それはあなたの階級とか出身とかお金とか、そういうものでしょ。こうやっていっしょに勉強しているのは、そのような特権的なありかたをあなたが自分で知って、それをひとつずつ自分から引きはがしていくプロセスなんだ、と考えてみたらどうかしら」
 またスピヴァクは大学の教室にいる多くの恵まれた学生に向かって、ときに冗談混じりに「あなたたちをこうやって教えているのはね、ここでたくさんお金を稼いで、それをベンガルで字も書けない貧しい農民たちの学校を建てる為に使うためなの」とも言う。
 アメリカ合州国の大学とベンガルの農村。理論の研究と文学の学習。知識人と貧農。このギャップをもちろんスピヴァクひとりで埋められるわけはない。しかし彼女はその仕事において、大学の講義室でも農村の学校でも、どのようにしてそのギャップが生まれているのかにいつも自覚的であろうとする。学生と農民、それはともにスピヴァクにとって〈他者〉であるけれども、彼ら彼女らが学び暮らす場所はどちらも、彼女のポストコロニアルにとって貴重な現場であり続けているのだ。
    −−本橋哲也『ポストコロニアリズム岩波新書、2005年、147−148頁。

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スピヴァクは、現場における知恵を「戦略的本質主義」と呼ぶ。

本質主義とは、人間をあらかじめ既定された固定的実体として考え、環境に応じて変化することも自立することもできない存在ととらえる考え方のことである。

それを「戦略的」に使用する。戦略的とは、その状況、誰によるのか、そしてどのような目的を目指した「戦い」なのかがつねに「意識」されてなければらないという意味。

現状改革を求める運動のための手段として本質的議論を利用すること、それが彼女のいう「戦略的本質主義」である。

たえず自身が何であるのか、それにどれだけ「自覚的」であることができるのか、ここがその出発点になる。

そして「僕みたいに白人で男で中産階級アメリカ人学生は何も言う資格がないんじゃないでしょうか」このぼやきは、他人事ではないし、「男で中産階級の日本人学生(教員)は何も言う資格がないんじゃないでしょうか」と問いたくなることはあるけれども、「何も言う資格」云々以前の地平に立ち続けるしかないのも事実だから、その当たりを丁寧に往復していくしかないのだろうと、スピヴァクにいつも背中を押される気がします。

だから……相手がどのようなひとであろうとも「まず話しあってみるしかない」と私自身は心掛けております。

……ってことで(ぇ!

昨夜は、授業を済ませてから、はじめてお会いする人生の大先輩とガッツリ「呑んで」きた次第です(ぉ!

Fさん、昨日は、お忙しいなか、がっつり「快飲」の機会をもつことができまして、「ありがとうございました」!

細かいところは、私的なやりとりですので、こちらにいちいち掲載することはできませんが、ホント、生きている「人間」とは、テケトーな「男」でとか「中産階級の」でとか「○○宗」とか「○○教」という単一な本質においてのみ、計量できるものではない、ということを改めて痛感します。

たしかにそれはそうなのですし、それでそのひとが生成されているし、そういきている事柄なのですが、そうである「由」というものは、単一にそのフラグにおいてのみ充全に理解できるわけでもないわけですから、やはり「まず話しあってみるしかない」し、そこからテケトーな単一な本質が、逆に彩り豊かな「そのひとつ」に認識が新たになるものなんだよなあ〜などとしみじみした訳です。

まあ、「ただ、呑みたい」だけだろうにー!って言われてしまえば、「それまで」(汗ですが、かんたんな二元論を退けたいし、そして「何もできない」という諦めについても徹底的に排していきたいな……とは思う次第です。

それこそが、なんらかの不幸を永続化させてしまうトリガーになってしまうから、そこにどれだけ自覚的であることができるのか。

自身に自覚的であること、そして同時に人間観を絶えず更新していくこと、この挑戦を続けるしかありませんね。

ともあれ、昨日はありがとうございました!!!







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