書評:塩川伸明『民族とネイション  ナショナリズムという難問』岩波新書、2008年。


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 ナショナリズムは極度に多様な現象である。それは他のさまざまな政治イデオロギーと自在に結合する。リベラリズムと結合することもあれば、反リベラリズムの色彩を濃くすることもある(近年の動向としては、リベラリズムに敵対する傾向が目立ち、ナショナリズムはそもそもリベラリズムと相容れないとみなされることが多いが、歴史的には、むしろリベラリズムと手を携えて登場した)。
    −−塩川伸明『民族とネイション  ナショナリズムという難問』岩波新書、2008年、20頁。

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新書サイズながら国民国家ナショナリズムの歴史と現状についての優れた、そして、視野の広い入門書が本書である。「民族とネイション」に関する概念を整理した上で、国民国家の誕生から現在までの歴史を概観する。筆者は万能薬を夢想するより、紛争を抑える一つ一つ努力が大切と指摘している。ここは興味深い。一見すると対処療法のように見えるが、結局の所、イデオロギー対立は理論の先鋭化は声なき声を後に置いていくことが必然とすれば、そうした積み重ねを無視することは出来ないであろう。

さて、ナショナリズムに関する一般化された理論は、考察における作業仮説としては必須の前提となる。しかし著者は、どの理論に対しても一定の留保というか距離を置いている。ゆえに「良いナショナリズム」と「悪いナショナリズム」との二分法があるが、どの立場にも懐疑的である。特に前者は、実際のところ後者を偽装するための議論として流通する現状を踏まえると、「留保する」という姿勢は大事となろう。

ナショナリズムを巡る議論には、大きな対立や論争がつきまとう。しかし著者は論争の整理を重視しない。論者がモデルとする国民国家の実体に違いがあるからだ。ゆえに本書では各地域の国民国家形成のあり方の「実態」を重視する。これはロシア専門家ならではのユニークなアプローチである。

扱う地域は、筆者の専門とする旧ソ連地域にとどまらず、生誕の地・欧州からアジア、南北アメリカと幅広いのも本書の特徴である。ナショナリズム国民国家の重層性を理解できる。歴史的な実態から出発し、理論を再検討した優れた一冊です。

大学生を中心に是非、若い人に読んで欲しい。


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