覚え書:「異論反論 発達障害への理解が求められています=雨宮処凛」、『毎日新聞』2012年8月29日(水)付。



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異論反論 発達障害への理解が求められています
寄稿 雨宮処凛

排除より受け皿整備を
 先月末、大阪地裁の裁判員裁判で下されたひとつの判決が波紋を広げている。
 ある殺人事件を巡っての裁判だ。被告は42歳の男性。殺されたのは、46歳の安。小学5年生の頃からひきこもっていたという男性は、自立を求めた姉を包丁で刺して殺害してしまった。逮捕後、男性は発達障害のひとつであるアスペルガー症候群であると初めて判断されたという。
 裁判では懲役16年が求刑されたのに対し、言い渡された判決は懲役20年。その理由に、言葉を失った。障害に「対応できる受け皿がなんら用意されていない」「再犯の恐れが強く心配され、許される限り、刑務所への長期収容が必要」等。
 つまり、日本には彼のような人がいられる場所などなく、「危険」なのでとにかく長く刑務所にブチ込んでおきましょう、ということだ。

ホームレス問題の背景に隠れている「障害」の問題
 発達障害への理解は進んでいるとは言い難い。最近では、大阪維新の会大阪市議団が条例案に「発達障害は愛情不足が要因」などと誤った記述をした。
 貧困の現場を取材していても、「発達障害」という言葉と出くわす機会は少なくない。例えば、私が出会ったホームレス状態の若い男性。出会ってすぐに彼は支援者の助けで生活保護を受けられるようになったのだが、そのことでやっと医療を受けられるようになり、初めて発達障害であると診断された。学校ではいじめに遭い、社会に出てからは職場で人間関係を作れず、すぐにクビになってしまう繰り返し。結局、彼がホームレスにまでなった背景には、「発見されなかった障害」が隠されていたのである。それまでの三十数年間、彼はどれほどの生きづらさに苦しんだだろう。
 支援者と話しても、やはり「発達障害が疑われるホームレス状態の人」は少なくないという印象だ。ちなみに障害ということで謂えば、都心に暮らすホームレスの約3割に知的障害の可能性があり、約4割にうつ病アルコール依存症などの精神疾患があることを指摘している団体もある。実感として、その数字は納得できるものだ。つまり、障害が発見されず、福祉につながらないまま成人した人たちの「受け皿」がこの国にはないのだ。ホームレス問題の背景には、時に「障害」の問題も隠されている。
 そんな問題を追いかけてきた身として、この判決理由の文言は到底納得できるものではない。最初から「排除」を前提としているからだ。「危険」に見えるもの、よくわからないものに「臭いものに蓋」のように遠ざける。しかし、被告の発達障害がもっと早く発見され、適切な支援を受けられていれば、ひきこもりが長引くこともなく、このような事件が起こることもなかったのではないだろうか。「受け皿がない」という「社会の不備」をそのまま肯定し、そのせいにするのは思考停止だ。この判決理由には、日本という国の病理が潜んでいるように思える。

あまみや・かりん 作家。反貧困ネットワーク副代表なども務める。「今年の夏は官邸前の抗議行動や東京・代々木公園のデモなど、とにかく『脱原発の夏』でした。9月には久々に北海道に帰省するので、少しゆっくりしてこようと思います」
    −−「異論反論 発達障害への理解が求められています=雨宮処凛」、『毎日新聞』2012年8月29日(水)付。

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大阪地裁の判決要旨(pdf)
→ http://www.jngmdp.org/wp-content/uploads/20120730.pdf 

日本児童青年精神医学会 「2012.08.07  大阪地裁判決に関する緊急声明」

→ http://child-adolesc.jp/topics/2012.08.07%E3%80%80-%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%9C%B0%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E7%B7%8A%E6%80%A5%E5%A3%B0%E6%98%8E.html 











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