覚え書:「今週の本棚:張競・評 『文明−−西洋が覇権をとれた6つの真因』=ニーアル・ファーガソン著」、『毎日新聞』2012年09月02日(日)付。



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今週の本棚:張競・評 『文明−−西洋が覇権をとれた6つの真因』=ニーアル・ファーガソン
 (勁草書房・3465円)

 ◇西洋文明は果たして没落するか
 十六世紀からおよそ五百年のあいだに、西洋文明は世界制覇を実現した。スペイン、ポルトガル、イギリス、アメリカへと主役が交代し、また競合する文明の相手も同じではない。しかし、欧米がつねに勝利を収めたことに変わりはない。西洋はなぜ非西洋文明を打ち負かし、世界支配を成功させたのか。これまでにも多くの説があったが、著者は競争、科学、所有権、医学など六つの要因を挙げ、まったく新しい視点からこの問題を論証した。
 欧州の国々が暗黒の中世から抜け出したとき、明(みん)王朝は世界で屈指の強国であった。しかし、ヨーロッパ文明は瞬く間に中華文明を追い越し、植民地経営において優位に立った。勝敗を分けたのは競争の仕組みがあるかないかだ。中華帝国は統治においても経済においても動脈硬化を起こしたのに対し、欧州では国と国、企業と企業のあいだに競争の体制が整えられ、革新はたえず行われた。
 文明対決の中で、オスマン帝国の支配ほど西洋人にとって衝撃的なものはなかった。だが、ほどなくしてイスラム超大国ヨーロッパ大陸から姿を消した。その原因は軍事的敗北だけではなく、長年にわたって科学にそっぽを向いていたからだ。
 十七世紀以降、西洋の内部でも新旧交代が起こり、より優れた組織と制度を持つ国が新たな旗手となった。北米と南米のあいだに文明の衝突はなかったが、英国文化を移植した北米が成功し、スペインとポルトガルの文化を取り入れた南米が後れを取ったのは、法の支配と代議制の確立、その根底にある私的所有権の有無による結果だ。
 十九世紀から目覚ましい進展を遂げた現代医学によって熱帯病が制圧され、人類は徐々に病原菌の脅威から解放された。ナチスドイツのように、医学知識が悪用された例もあったが、アフリカをはじめ非西洋の世界でも西洋医学が広がり、乳幼児の死亡率の低下や平均寿命の延長はいずれも近代化に役立った。
 本書の特徴は西洋が世界を制覇する原因を解き明かしながら、文明史の輪郭を時系列に沿って明晰(めいせき)に描き出すことだ。世界支配の五つ目の要因として挙げられた「消費」についても近代史の文脈で捉えられている。一九九〇年代後半になって、西洋がなおも世界をリードできたのは、工業生産と大量消費という西洋モデルを作り上げたからだ。そして、最後の要因は労働倫理である。資本主義の精神を支える勤勉と倹約は西洋文明の全盛を可能にした。
 だが、過去を振り返るのは栄光の残夢に陶酔するためではない。ましてや西洋中心主義を鼓吹するものではない。本書の執筆動機はむしろその正反対である。すなわち、アメリカを代表とする西洋文明はこれから没落するのか。一世紀前から欧米の知識人につきまとう恐怖であったが、二十一世紀に入ってから現実味を帯びてきた。というのも、著者がいう六つの秘密兵器は出自こそ西洋だが、ほかの文明もそのまま応用すれば、成功の岸辺にたどり着くことができる。それどころか、欧米を超えることも不可能ではない。著者がいうには、文明とはきわめて複雑で、数多くの構成要素が不規則に絡み合っている。短期間であれば均衡を保ってうまく機能できても、ときに「臨界に達する」ことがある。ハンチントンがいう「文明の衝突」の可能性は低く、ある日突然「文明の崩壊」が起きる危険性のほうが遥(はる)かに高い。西洋文明も例外ではない。外部の脅威を心配するより、むしろ内部崩壊の兆しに気を付けるべきだ、と著者は警鐘を鳴らした。(仙名紀訳)
    −−「今週の本棚:張競・評 『文明−−西洋が覇権をとれた6つの真因』=ニーアル・ファーガソン著」、『毎日新聞』2012年09月02日(日)付。

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