覚え書:「気になる現場学 第6回 東京都渋谷区、福島県いわき市=開沼博 伝統的な宗教 今も救い」、『毎日新聞』2012年9月2日(日)付。


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気になる現場学 第6回 東京都渋谷区、福島県いわき市
開沼博
伝統的な宗教 今も救い
不安な時代の小さな灯

 「難しそう」「表立って話題にしづらい」ーー。日本社会に暮らす多くの人にとって、「宗教」はとっつきにくいものかもしれない。しかし、世界中どこでも宗教は生活の重要な要素だ。日本にだって、お盆やクリスマス、葬式や結婚式などに「薄められた」宗教は満ち満ちている。若者の間でも、うらないやパワースポット巡りといった「スピリチュアル」なものへの関心は決して低くはない。キリスト教や仏教といった伝統的な宗教は今、どうなっているのか。大都会、東京都渋谷区と東日本大震災の被災地、福島県いわき市を訪ねた。

 「この町内会の住民は私の一家族だけなんです」と話すのは、プロテスタント日本基督教団美竹(みたけ)教会の上田光正牧師(70)だ。
 JR渋谷駅から原宿・表参道方面に徒歩5分。飲食店やオフィスビルが建ち並ぶ路地に美竹教会はある。表通りの騒がしさも教会の周りは遠慮しているかのように静か。
 「ここにも昔は住宅がありましたが、ドーナツ化が進んで小学校も廃校。今は神奈川県や埼玉県から礼拝に通う人が大部分です」と話す。
 上田さんは28年前、この教会に来た。大学を卒業し、ドイツに留学後、金沢市などの教会を回ってからのことだ。キリスト教に関心を持ったのは小学5年生のころ。「『神がいる』と聞いてうれしかった」のだという。家族に信者がいたわけではない。家業の病院のこともあり、東京大3年から医学部に進んだ。しかし、その初日「あと4年もここにいなくてはならないのか」と思い、その夜真剣に祈った末、神様に導かれ、牧師になる決意をした。それから50年。教会に来る人々の意識はどう変わったのか聞いてみた。
 「かつては生き方や人生の意味を真っ正面から問う青年たちが多かった。今の人の関心はもっと実際的。家庭に入った女性が、しゅうとめとの関係や子育てに悩んで教会のドアをたたくこともある。この前は、会社で重大なミスをした、と相談に来た方もいました。幸せな結婚をしたいからお祈りさせてくださいという男女が来ることもあります」との答え。
 「教会に行けば何か救いがあるはず」という感覚は日本人に浸透したようだが、「人生の究極の問いへの究極の答えが教会にあるとは思われていない」と言う。でも、「人間は必ず、絶対的なものと確かにつながることによる平安を求めるはず。長いスパンでみる必要がある」
 日本史上、「キリスト教ブーム」は3回あったそうだ。初めてキリスト教がもたらされた戦国時代と明治初期、そして第二次大戦後。いずれも「キリスト教で国の将来が明るくなる」というかすかな期待があった時期だ。「戦後のブームは高度経済成長と共に収束しました。しかし、今は日本がどうなれば良いか、新聞社も政治家も知識人も大衆も答えを持っていない時代。だが、唯一の被爆国で、平和を愛し豊かな文化を持つ日本には、重要な使命があるはず。そう考えれば、キリスト教にも今後の出番がある」
 ただし、今後20〜30年は、少なくとも日本基督教団にとって、かなり厳しい時代という。1970年代から内部で続いた激しい意見対立の余波があるからだ。当時は、社会全体が「政治の季節」だった。教団内にも、礼拝中心の在り方を重視する人たちに対して、より実践的な運動を重視する傾向が生まれた。「不毛なエネルギーを使い、伝道が滞った。ようやく最近落ち着いて、皆が伝道を大事にし始めました。教会は、危機を自覚する時に最も力を発揮します。まだしばらく、厳しい時期が続くのはやむを得ませんが、ありがたい試練だと思います。明るい50年後の兆しが、少しずつ見え始めています」。美竹教会のウェブサイトは説教などが充実し、伝道を重んじる姿勢がうかがえる。このサイトを見て教会を訪れる人もいるという。
 他方で最近は第三世界から来た外国人同士が新たな教会を作る例もある。戦後日本のキリスト教の歩みには、どこか社会の移り変わりをそのまま反映したような面がある。


 東京電力福島第1原発から約40キロの距離にある広地山地蔵院高久寺の住職、登嶋弘信(76)は、真言宗智山派福島第1教区の教区長を務める。教区内の89ヵ寺には、原発事故による立ち入り禁止区域内にある寺もある。
 「住職にとって自分の寺で毎日お経を読めないほどつらいことはない。檀家さんもお墓に行けない。ご位牌だけを抱えて避難した方もいます」
 登嶋さんは大学在学中に成田山で修行後、地元で中学校教師をしていた。親から住職を継いだのは83年だ。
 「当時の檀家さんは100軒ほどでしたが、努力して一時は200軒ほどまで増えました。9割方この地区に住んでいる方です。ただこの地域は農業主体なので、どうしても人口は減りつつあります」
 日本に住む多くの人と同様、私にも仏教は最も身近な宗教の一つ。だが、「寺がどう運営されているか」を知る機会はほぼなかった。そのあたりの過去と現在を聞くと……。
 「昔のお布施は、お金ではなかった。檀家さんが、自分の家で作った米や野菜、お彼岸にはぼたもちを何箱も持ってきて寺を支えてくれた。小さな寺は自分でも農業をして、自家消費分以外を売って現金にしたり、お布施を保存して後から食べたり。檀家さんの数が少なくても運営に困らなかった。近所に以前あった寺は、7軒の檀家さんでやれていました」
 しかし、地方でも1次産業は衰退して都市化が進んだ。その過程で布施は現金化する。寺院も専業かし、檀家の数が足りないと寺を維持できなくなった。教区内の89ヵ寺中、いま実際に住職が住む「正住寺院」は62ヵ寺。残りは他の寺と兼務のお坊さんが支える。
 とはいえ、「寺院の危機」と聞いてもいささかピンとこないのも正直なところ。私自身、今後、葬式や法事以外で仏教に関わる機会はないかもしれないのだから。キリスト教と比べてもさほど意識されず、半ば慣習として生活の中に存在してきた日本仏教は、今後どうなるのか。
 「今年のお盆は、これまでより若い人が多く寺にいらした印象です。唯物的な感性で捉えきれない、不安な気持ちを抱えた方が増えてきたのかもしれません。生きていれば、思うようにならないことはある。先日も赴任で悩むご夫妻が拝んでいかれました。神仏に家族の幸せや自らの極楽往生を願って安らぎを得る人は決して減らないでしょう」
 なるほど。その感覚であれば、分かる。
 

 死や病の苦しみ、招来の見通し、かなわぬ願い−−。いくら努力しても考え抜いて決して解けない問い。宗教は、その「答えなき問い」に向き合う人々に、救いをもたらしてきた。その役割は、むしろ現代においてこそ重要さを増している。時に軽薄にも見える「スピリチュアル」ブームの陰で、伝統的な信仰を守る宗教者たちに、エールを贈りたくなった現場学だった。
(かいぬま・ひろし=社会学者、福島大特認研究員。「『フクシマ』論」で毎日出版文化賞
    −−「気になる現場学 第6回 東京都渋谷区、福島県いわき市開沼博 伝統的な宗教 今も救い」、『毎日新聞』2012年9月2日(日)付。

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