覚え書:「今週の本棚:藤森照信・評 『関東大震災と鉄道』=内田宗治・著」、『毎日新聞』2012年9月23日(日)付。



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今週の本棚:藤森照信・評 『関東大震災と鉄道』=内田宗治・著
 (新潮社・1785円)

 ◇被災当事者が残した「文字記録」が伝えるもの
 震災からしばらくして、アメリカ大使は次のように語った。

 「多くの日本人が、整然たる秩序の下に、鋭意跡始末に従事している。これは世界いずれにおいても見ることのできない大国民の態度である。これをもって思うに、日本は、必ずや近き将来において、さらに偉大な国家を顕現するだろう」

 ただし、今度の震災ではなく九〇年前の関東大震災の時。

 百年単位で見れば相次いで起こった二つの大震災を重ねて眺めることの出来る本が、このたび鉄道の分野で刊行された。鉄道が行政、社会、報道、土木、建築などなどの他の分野に先駆けたのは、この分野の日ごろの充実ぶりの成果に違いない。意外かもしれないが、鉄道は日本の専門諸分野のこれからのあり方を切り拓(ひら)いて進んでいる。鉄道分野とは、なんとなく思われているように特殊な例外ではなく手本ではないか、この一冊を読んでそう思った。

 関東大震災の時、被災地域の上を一二五本の列車が運行中であった。駅は倒壊し、鉄路は波打ち、橋は落ちる中で、客を満載した各列車はどうなったのか。

 「(下り東京発)真鶴(まなづる)行き(普通一〇九)列車が根府川(ねぶかわ)駅ホームへとさしかかった時、物凄(ものすご)い地響きと共に下からドスンと突き上げる激震が始まり、その数分後、駅の本屋(駅舎)、ホーム、官舎、線路などは列車と共に、地滑りで、海へと転落した。<中略>被災した列車に乗っていながら、奇跡的に助かった對木(敬蔵)は、この時の体験を手記に残している」

 乗客の体験談が長く綴(つづ)られた次には、鉄道省の調査記録が引用され、四人の車掌のその時の行動が明らかになる。加えて目撃者の手記などの諸記録を総合し、 「全乗客約一五〇名のうち、九死に一生を得てそのまま立ち去った乗客数名と重傷を負って早川駅で救護を受けた者が計約三〇名、付近を航海中の発動汽船に救助されて小田原で医療を受けた重傷者一三名、それ以外の約一〇〇名が死亡または行方不明となった。機関助手は行方不明、山田車掌の遺体は、事故現場から一〇キロ以上離れた国府津(こうづ)海岸で発見された」

 著者が九〇年前の実態をこれだけ克明に再現出来たのは、当時の官民の当事者たちの文字記録が保存され残されてきたおかげだが、この度の震災でも、映像記録に加え文字記録もちゃんとしなければならない。なぜなら、今回の映像記録はすべて遠くから眺めているし、当事者の内面の記録と物理的耐久性という点では文字以上の方法は無いからだ。

 マイナスの歴史的事件の陰には必ずプラスがある。出来ごとに刺激されて元気になり、見境なく行動に打って出て、後から見るとそこから新しい分野が開かれたことが分かる。建築と芸術の分野では、今和次郎村山知義が東京の焼け跡に飛び出し、考現学ダダイズム表現を切り拓いているが、報道分野も似ていたことを本書で知った。電話も電信も途絶えた中で、各新聞社は首都壊滅の第一報を大阪まで伝える大競争を必死に展開した。半身不随の鉄道をどう使うかがポイントで、勝ったのは朝日。毎日は四時間遅れの二位。

 今回の地震では“人の不幸”が前面にでているが、日が経(た)つと、その裏で起こっていた、未来を拓きながら今は意味不明の活動や想像力の噴出のような現象が知られるようになるんだろうか。それとも、そんな現象は今回は起こっていないんだろうか。
    −−「今週の本棚:藤森照信・評 『関東大震災と鉄道』=内田宗治・著」、『毎日新聞』2012年9月23日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120923ddm015070027000c.html



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