覚え書:「今週の本棚:小西聖子・評 『子どもの共感力を育てる』=D・ペリー、サラヴィッツ著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。



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今週の本棚:小西聖子・評 『子どもの共感力を育てる』=D・ペリー、サラヴィッツ
 ◇小西聖子(たかこ)評
 (紀伊國屋書店・2100円)

 ◇脳科学で見定める人間的な感情の動き
 「いじめられている人の立場に立って」というのは、いじめ防止キャンペーンの中でもいつも語られてはいるが、実は簡単なことではない。自分とは違う体験をしている人を思いやるには、感情が豊かでかわいそうと感じられるだけでは足りない。必要なのは、相手の視点に立って世界の見方を転換することである。
 「共感力の本質とは、相手の立場になりきる能力、相手の身になったらどうかを感じとり、それが辛(つら)いものならば辛さを軽減してやろうと思いやる能力である。」と著者はいう。
 この本は、共感という「あまりに人間的で優しい感情を冷徹な科学の目で眺め、共感するには何が必要か、病気や状況によって共感はどう歪(ゆが)んでしまうのか」について説明する。
 今までの心理学の本ならば、共感性の起源を早期の親子関係や、遺伝や環境要因に求めるところだ。が、この本はさらに先へと進む。なぜ多くの母親は子どもに特に共感的になるのだろうか。子どもが特定の養育者と強いつながりを作るのはなぜか。乳児や社会にこの条件が欠けた時どうなるのか。極めて人間的な感情の働きでさえ、ついに脳科学が説明をするようになったと言うべきか。
 キーワードの一つは、オキシトシンである。オキシトシンは、脳下垂体後葉から分泌されるホルモンで、子宮を収縮させたり、乳汁分泌を促進する。陣痛促進剤として使われることはよく知られているだろう。このホルモンは最近の研究によると、人への信頼感を増し、先行きの不安を低減し、特定の人とのかかわりを増すことがわかっている。
 動物を使ったオキシトシンの研究は一九七〇年代から行われているが、オキシトシンが、子育てやつがいのあり方に大きな影響を与えていることを明らかにした。一雌一雄制を取るタイプのハタネズミのメスでは、オキシトシンの受容体が喜びを感じる脳の領域に密集している。単純に考えれば特定の同じ相手といることが、より強く快感と結びつくということになる。もし人間にも同じような機構が存在するなら、オキシトシン分泌が増えることで、私たちは一人の人を好きになり、ずっと一緒にいることに安心や快感を感じるというわけだ。
 もう一つのキーワードはストレス反応システムだろうか。子どものころの強烈なストレスは心身のシステムにも根本的な影響を与える。子ども時代に、性的虐待や親の薬物乱用、家庭内暴力など過酷なストレスを複数−−たとえば四つ以上−−受けた人は、ストレスがなかった場合と比べると、自殺未遂が一二・二倍、うつ病が四・六倍となる。心疾患、糖尿病、違法薬物使用などのリスクも著しく高くなる。肥満も増える。
 またストレスにさらされる子どもは、動物でも人間でも、性的に早熟となり、早く子どもを産む傾向があるという。生命の危機が続く時に生き延びるためには、早熟は合理的な反応だろう。
 オキシトシンにしてもストレス反応にしても、動物にも人間にも共通するシステムが動いているのだが、その一部が人間的な感情や行動として認識されるに至る、と言ったほうがいいかもしれない。
 著者は新しい知識をもとに自由に書いているので、今のところ推測にしか過ぎない話もある。でも、確かな結論が一つある。のんびり安心できる子ども時代を過ごす人を増やすことが、世界の平和にも人類の幸福にも、確実に役に立ちそうだということである。(戸根由紀恵訳)
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 小西聖子さんは、今回で書評執筆者を退任します。
    −−「今週の本棚:小西聖子・評 『子どもの共感力を育てる』=D・ペリー、サラヴィッツ著」、『毎日新聞』2012年10月7日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20121007ddm015070013000c.html




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