覚え書:「今週の本棚:五百旗頭真・評 『中国共産党の支配と権力』=鈴木隆・著」、『毎日新聞』2012年12月02日(日)付。




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今週の本棚:五百旗頭真・評 『中国共産党の支配と権力』=鈴木隆・著

 ◇五百旗頭(いおきべ)真・評
 (慶應義塾大学出版会・7140円)

 ◇冷静に「中国民主化」の可能性をさぐる

 ああ中国、なんという国か。人治が法の支配に優先する。とりわけトップの権力抗争の日には、ブルドーザーがすべてを破壊して進むようだ。中華秩序は昔の話ではない。中国のみが国際秩序の主人公であり、中国の欲する資源と領土は中国のものである。他国はそれに従わねばならない。尖閣諸島国有化以降の中国の荒れようを見て、以上のような悲鳴に似た中国観を改めて懐(いだ)いた日本国民は少なくないのではなかろうか。

 そういう時だからこそ、本書のようなホンモノの冷静な研究を推したいと思う。

 中国は民主化するのか。本書はこの誰もが持つ疑問にとり組んだ力作である。30年を超える高度成長が生んだ「新社会階層」に本書は焦点をあて、民主化の可能性を探りあてようとする。

 中国以外の常識でいえば、経済発展は中間層を膨らませ、それは社会の多元化とともに民主化の基盤を醸成する。たとえ権威主義政府の下での経済発展であってもかまわない。それは国民を富ませることで、とりあえず現権力の正統性を高めるが、中長期的に民主化の時を招き寄せ、権威主義体制を終らせる。それゆえ、日本人が民主主義を奉ずるにもかかわらず、それを欧米諸国のように他国に強制することを好まず、むしろODAなどにより工業化と経済発展のインフラを支援しようとしてきたのは、きわめて適切なやり方だと言える。

 かなり広く妥当するように見えるこのセオリーは、中国にもあてはまるのであろうか。冷戦終結期の天安門事件において民主化運動を鎮圧した中国共産党は、一党体制を堅持しつつも、世界市場経済の中での繁栄を求める方針を、1992年のトウ小平の指針「社会主義市場経済」により明確にした。経済発展の持続がもたらす新事態への応答が、2001年に「3つの代表」論を展開した江沢民の「7・1講話」である。それは労働者と農民の党であったはずの共産党に、新社会階層の名において資本家をも迎えることを公認した。本書はこれを重視し検討の出発点とする。

 新社会階層は約8千万人とされる。中国全人口の6%程度だが、西欧2ケ国の総人口ほどの数である。その多くが企業家・経営者などから成る新経済組織、もしくは社会団体の管理者や弁護士などの新社会組織に属する。この専門性を帯びた新興勢力の動向、そして共産党がこれをどう扱うかを検討することにより、本書は中国民主化の展望に手がかりを得ようとするのである。

 本書は、米国や日本など世界の中国研究者の議論を丹念に紹介し、それを組み合せつつ自らの議論の土台とする。加えて中国内のそこここで行われた意識調査・アンケートなどの集積がかなりあり、それらを積極的に活用している。超巨大な中国の各論と全体像をつくすことは不可能であろうが、それでも研究水準がここまで進んだのだと感じる。

 さて内容と結論を急がねばならない。個別具体的な本書の分析は、中国に民主化の夜明けが来る気配はないことを示し続ける。はばたく新社会階層は、民主化変革の担い手となるコストを払うよりも、自らが然(しか)るべきポストを得ること、否、自らの事業が当局とライバルによって葬られることなく成功をつづけることに腐心する。彼らにとり共産党体制の動揺は、自らの事業の不安定化をもたらしかねない。政治的腐敗などには厳しい批判も持つが、基本的に現体制支持派なのである。

 ひるがえって、それは共産党の社会変動へのたくましい対応力の証しでもある。党の組織部が新社会階層の然るべき部分を党員に取り込む、のみならず胡錦濤政権下で統一戦線の活動が強化され、入党しない社会諸勢力との協調関係を拡(ひろ)げている。こうした党側の対処からもれ落ちるのは、新社会階層のような成功者ではなく、周辺に追いやられる不遇層かもしれない。彼らは数限りなく小暴動を起こすが、それを面的な社会騒乱に進ませない当局の力には侮りがたいものがある。

 「中国の特色ある社会主義的民主」という議論がある。西側社会が基軸とする「選挙民主」ではなく、中国は「協議民主」を進むとする。コーポラティズムの議論を見て、西欧もやっと中国的民主主義に近づいたとほほえむ中国学者もいる。中国が共産党支配の下で多くの者の意見を汲(く)み上げ、意思決定過程に参画する層を拡げてきたのは事実である。しかしそれは所詮「熟議的独裁」以上のものであり得ない。香港やシンガポールに見られる「諮詢(しじゅん)型法治」の可能性についても、袁世凱(えんせいがい)の帝制の域を出ない議論であるとする。

 このように、本書は冷静に「中国民主化」の実体についての幻想を斥(しりぞ)ける。それでいて、議論と中国政治の全体動向は、一党独裁の限界を告げていると最後に論ずる。たとえれば、中国共産党は果敢に防戦し、時には攻勢に打って出るたくましさを持つ。だが個別戦場から目を戦局全体に転ずれば、中国共産党は大きな撤退戦を強いられていると観察する本書である。
    −−「今週の本棚:五百旗頭真・評 『中国共産党の支配と権力』=鈴木隆・著」、『毎日新聞』2012年12月02日(日)付。

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