覚え書:「【書評】大津波を生きる 高山文彦著」、『東京新聞』2013年01月20日(日)付。




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【書評】大津波を生きる 高山文彦


◆防潮堤を築き闘った人々
[評者]稲葉 真弓 作家。著書に『半島へ』『海松』『千年の恋人たち』など。
 東日本大震災の際、巨大な防潮堤が無惨(むざん)に破壊され、内側にあった町が海にさらわれ更地のようになった映像を何度も目にした。それが世界に類を見ない、海面からの高さ一〇・四五メートル、総延長二・四キロメートルに及ぶ防潮堤で守られた(はずの)岩手県宮古市田老地区の姿だった。明治二十九(一八九六)年の大津波で死者一八五九人、昭和八(一九三三)年の大津波で死者九一一人を出した田老は、その被害の大きさから「津波太郎」と揶揄(やゆ)された。高山が描くのは、次々と襲いかかる天災に対し、田老がどのように闘ったか、その闘いの結果の検証である。
 明治の津波では村(当時)の半数以上に犠牲が出て家系断絶となった旧家もあったが、瞠目(どうもく)させられるのはこの荒野に新天地をもとめる人々がやってきて新たな村づくりを目指したこと。著者は被災した旧家の家系断絶に「近代」の象徴を見、支配層を失った土地の自由さと新たな人口の流入にも「近代」の息吹を見る。実際村は、大津波の十二年後の明治四十一年、「津波を知らない人々」によってにぎわい、見事復興をとげる。
 田老に於(お)ける復興の早さは、昭和の大津波の時にも発揮された。当時の村長関口松太郎の奮闘によるもので、関口はただちに県知事あてに救援を求める文書を出し、数カ月後、現地復興を宣言。後に田老を「防災太郎」として有名にする防潮堤の築造と、避難路が確保された市街地計画を発表した。
 計画は、大正十二(一九二三)年九月に起きた関東大震災後の東京の「新都市計画」を導入。東北の地に、首都東京の市街地計画が生かされたことも新鮮だが、関口は防潮堤造りを津波で家財を失った人々の収入源とし、「働いた金でまた船を買え」と励ました。
 本書を読み終えて思うのは、優れた指導者のいない今の日本の政治的貧しさだ。関口のような人が一人いたら、どれほど被災地は救われるだろう。
たかやま・ふみひこ
 1958年生まれ。ノンフィクション作家。著書『火花 北条民雄の生涯』など。
(新潮社 ・ 1680円)
<もう1冊>
 竹沢尚一郎著『被災後を生きる』(中央公論新社)。津波の被害を受けた岩手県大槌町釜石市で、復興に取り組む人々の姿を描く。
    −−「【書評】大津波を生きる 高山文彦著」、『東京新聞』2013年01月20日(日)付。

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