覚え書:「書評:『想起のかたち』 香川檀著 評・岡田温司(西洋美術史家・京都大教授)」、『読売新聞』2013年02月03日(日)付。
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『想起のかたち』 香川檀著
評・岡田温司(西洋美術史家・京都大教授)
ホロコーストと芸術家
過去の記憶をいかにして保全し想起するか、それは、言葉とイメージを操る人間にとって永遠のテーマであると同時に、きわめて現代的な課題でもある。
とりわけ20世紀以来、人類は未曽有の現実に直面した。ヒロシマ・ナガサキとホロコーストは最たるものだ。本書はまさにそのホロコーストの記憶に、現代の芸術家たちがいかに向き合い、どんな表現の可能性を模索しているかを、詳細な作品の分析を通して検証する。
犠牲者たちを英雄視して美化したり、悲劇的な感傷に浸ったりすること、あるいは反対に、想像を絶する体験であるがゆえに表現などできないと居直ったりすることは、ある意味でたやすい。そのいずれにも堕することなく、過去を想起し、死者たちと邂逅し、記憶を共有すること。そうした「想起のかたち」あるいは「記憶アート」を著者は、「痕跡採取」「標しづけ」「交感」「集蔵」と名づけて分類し、それぞれを論じていく。たとえば、隠蔽され抹消されようとしていたミュンスターの忌まわしい牢獄を全く新たなかたちで甦らせたレベッカ・ホルン。一見して脈絡のない故人の遺品の断片をつなぎ合わせて「読み取らせる」ジグルドソン。匿名性や非人称性にあえてこだわろうとするボルタンスキー、等々。一般の読者にはなじみの薄い芸術家たちの名前が登場するが、それに惑わされる必要はない。
肝心なのは彼らが、通常期待される記念碑建設や証言記録のようなありきたりの形式ではなくて、いかなる「想起のかたち」を提起しているか、という点である。彼らの試みは、近年の文化研究における記憶への関心や、トラウマや哀悼をめぐる精神分析の理論とも無関係ではありえない。当然それはまた歴史認識の問題でもあるから、政治性やジェンダー性も絡んでくる。とはいえこれは、どこか遠い国の過去の話なのではない。私たち自身が過去や死者といかに向き合うかという、身近な問題に通じるテーマでもあるのだ。
◇かがわ・まゆみ=1954年、東京生まれ。武蔵大学人文学部教授。著書に『ダダの性と身体』など。
水声社 4500円
−−「書評:『想起のかたち』 香川檀著 評・岡田温司(西洋美術史家・京都大教授)」、『読売新聞』2013年02月03日(日)付。
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http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130204-OYT8T00859.htm