覚え書:「書評:『ルイ・ヴィトン 華麗なる歴史』 ポール=ジェラール・パソル著」、 評・畠山重篤(カキ養殖業)」、『読売新聞』2013年02月03日(日)付。




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ルイ・ヴィトン 華麗なる歴史』 ポール=ジェラール・パソル著

評・畠山重篤(カキ養殖業)
「職人技」への矜持と敬意


 一昨年5月、東日本大震災による大津波被害の直後、まったく思いがけず、ルイ・ヴィトンから支援の申し出を受けたのである。

 カキ養殖漁民とは対極的な位置にある世界最大のファッションブランドがなぜ……。

 支援する側と受ける側の関係は微妙である。三陸漁民の誇りを損なうような兆しが感じられるなら遠慮させてもらおうと思っていた。

 五代目当主パトリック・ルイ・ヴィトン氏との面談があった。

 「私は手業で仕事ができるということが、仕事の中でいちばん美しいと思っています。ルイ・ヴィトンにはそういった職人技に対する矜持を大切に扱うメンタリティーがありますから、今年、三陸のカキ養殖文化を支援することは、とても自然な流れだったと思います。ぜひ養殖場を復活させて下さい。そのプロセスは私たちにとっても大きな刺激になるでしょう」


 漁民による森づくり“森は海の恋人”運動の魂とヴィトン精神に共通するものを感じた。

 本書は150年を超えるルイ・ヴィトンの歴史を、完全収録した唯一の本という触れ込みだ。558頁、800点に近いオールカラーの貴重な図版が挿入されている。前半は創業者ルイの生い立ちと革命的なトランクを考案し成功の道をかけ上がってゆく様子が記されてゆく。


創業者ルイ・ヴィトン
 創業者ルイ・ヴィトンは1821年、フランスとスイスの国境のジュラ県アンシェ村に生まれた。ヴィトンという名は、ドイツ起源のごくありふれた名で“固い頭”つまり石頭の意味だという。頑固な職人魂から使いやすく丈夫なトランクが生まれた理由は“石頭”に由来していることがわかるとナルホドと納得する。だが複雑な家庭環境から、13歳で家を出なければならなかった。その生い立ちを知ると、その後の度重なる危機から立ち上がるハングリー精神がこの時養われたのだと思う。

 二代目ジョルジュの代になり、トランクメーカーとしての名声が高まると共に、偽造という深刻な問題が発生し、シンボルデザインの必要性が生まれる。そしてLVというイニシャル、菱形で中央に4枚の花弁を置いたもの、この花をポジで拡大したもの、円の中に4枚の丸い花弁のある花を透かし模様で入れた、あのデザインが誕生するのだ。

 日本人にこのデザインが愛されるのは、日本の家紋に似ているからだと言われているが、ジャポニスムがどう影響したか、興味ある考察が記されている。

 三代目ガストンの時代になり、旅の形態が単に移動することから楽しみを伴ったものになり、世界に広がっていった。それはファッションの世界への参入を意味する。ガストンの娘婿、アンリ・ラカミエが社長に指名されると、世界進出が始まった。1978年、日本にも直営店が生まれたのである。

 世界の主要都市の一等地であのような商売がどうして成り立つのだろう。その答えは本書にある。価値ある4キロ・グラム、558頁である。

 昨年11月、カキ養殖復興の様子を視察するため、「ルイ・ヴィトン マルティエ」社長、イヴ・カルセル氏が気仙沼の海辺を訪れた。ゴム合羽姿で働く20人のおばさんたち全員がヴィトン製のネッカチーフを巻いて出迎えた。“働く者にこそヴィトンは似合う”と紹介した。イヴ・カルセル氏の眼に光るものを感じた。岩澤雅利ほか訳。

 ◇Paul−Ge´rard Pasols ル・モンド紙、ル・フィガロ紙などで活躍した後、代理店でルイ・ヴィトンの予算管理を担当し、2002〜04年には経営にも携わる。

 河出書房新社 1万6000円

評・畠山重篤 はたけやま・しげあつ 1943年生まれ。宮城・気仙沼湾でカキ、ホタテの養殖業を営む。著書に『森は海の恋人』など。
    −−「書評:『ルイ・ヴィトン 華麗なる歴史』 ポール=ジェラール・パソル著」、 評・畠山重篤(カキ養殖業)」、『読売新聞』2013年02月03日(日)付。

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http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130204-OYT8T00964.htm








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ルイ・ヴィトン 華麗なる歴史
ポール=ジェラール パソル
河出書房新社
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