覚え書:「今週の本棚:養老孟司・評 『アリの巣の生きもの図鑑』=丸山宗利ほか著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。




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今週の本棚:養老孟司・評 『アリの巣の生きもの図鑑』=丸山宗利ほか著
毎日新聞 2013年02月24日 東京朝刊

 (東海大学出版会・4725円)

 ◇たがいに関わり合って生きる者たちに学ぶ

 とても面白い図鑑である。アリの巣に住んだり、アリの巣となにか関係を持って生きている生きものばかり集めてある。

 ずいぶん変わった、特別な主題を扱っているなあ。そういう印象があるかもしれない。でもアリを知らない人はないと思う。しかもアリと仲良くしている生きものは、古くからよく知られている。アリマキはその典型である。アリの巣をのぞいたら、ほかにどんな生きものがいるのだろうか。

 この図鑑は、日本国内でアリの巣と関わって生きている生きものの図鑑である。アリに関わる生きものが古くから知られているわりには、よく調べられていなかったことが、この図鑑でもわかる。だから載せられた写真の中には未記載種、つまり学名がつけられていない、いわゆる新種がいくつも含まれている。著者は九州大学の博物館で、そういう生きものを調べている専門家である。

 ヒトは社会生活をする典型的な動物だが、アリもそうである。そういう社会には多くの生きものがなんとなくか、絶対的にか、さまざまな関係を作って生きている。ヒト社会なら、家畜やペットが典型である。生きものどうしの関係は、思えばなんとも興味深い。

 アリは小さいという印象があると思うが、虫としては平均の大きさである。その巣に住み着く虫は、アリくらいかアリより小さいことが多いから、観察がむずかしい。でも近年の映像関係の技術の進歩はすごいので、おかげでこんな図鑑ができる。皆さんの自宅の近くでも、アリの巣を見かけるはずである。そこにアリと関わっている生きものがいないだろうか。

 この図鑑を手にとって、まず虫の名前だけでも見てほしい。アリヤドリ、アリノタカラ、コブナシコブエンマムシ。笑ってもいいけれど、これっていったいなんだろう。そう思いませんか。アリの巣には甲虫類ではハネカクシ、エンマムシアリヅカムシなどがいる。蝶(ちょう)ではキマダラルリツバメやムモンアカシジミ。アブやハエの仲間。アブの幼虫にはアリの巣の中に住んで、アリの幼虫や蛹(さなぎ)を食べるのがいる。小さなナメクジみたいで、専門家にナメクジだと思われた時代もあったという。昆虫にかぎらない。クモやダニもいるし、ヤスデもいる。付録として、シロアリの巣に住む生きものも載せられている。

 こういう生きものは、アリとどう関わっているのだろうか。どうしてアリに捕まらないのか。そういう疑問を持ち出すと、どんどん面白くなる。現代人はどんなことにも正解があると思いがちだが、自然を相手にしていると、そんな傲慢な、という感じがする。さまざまな疑問に対して、「わかりませんねえ」と答えるのがふつうなのである。

 生きものどうしがたがいに関わり合って生きている。それは当然で、ヒトだって、かならず生きものを食べる。アリとアリノタカラはおたがいに離すことができない。どちらも生きるために、相手がかならず必要である。これははたして例外だろうか。生きものどうしの関係の研究は、始まったばかりだと評者は思う。十九世紀以来の近代生物学は、欧米社会の思想を反映して、独立した個や種をなんとなく重視してきた。でも生きものは、自分だけでは生きられない。たがいの関係性の中で生きる。この図鑑は、その意味で二十一世紀の生物学のあるべき姿をも、よく示しているのである。
    −−「今週の本棚:養老孟司・評 『アリの巣の生きもの図鑑』=丸山宗利ほか著」、『毎日新聞』2013年02月24日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130224ddm015070004000c.html








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