覚え書:「書評:『古代豪族と武士の誕生』 森公章著 評・上野 誠」、『読売新聞』2013年02月24日(日)付。




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『古代豪族と武士の誕生』 森公章

評・上野 誠(万葉学者・奈良大教授)
昔も役人はつらいよ


 某県に出向しているキャリア官僚から、こんな嘆きを聞いたことがある。「上野さん、一月ってもう大変なんです。新年会の梯子はしごで、一日五つや十はざら。たいへんなのは挨拶で、○○組合、○○協議会と名前は違うけど出席者は八割は同じ。挨拶の内容を変えなきゃいけない。それに、お金もかかるし」。私は、本書読了後、以上の言葉を思い出した。

 話は1300年前に飛ぶ。国司こくしすなわち律令国家の地方官が、任地に赴任しても、実際にその土地で働くのは、その土地を代々治める郡司ぐんじなのである。したがって、郡司がそっぽを向けば、国司はその任務を果たせない。もし、紛争が起これば、突然、矢が飛んでくることも、放火にあうことも、あるのだ。ではどうやって、国司は、郡司たちを手懐てなずけるのか。ここが、本書の見所だ。郡司たちの子弟を、花の都の下級役人に採り立てるのである。郡司の子どもは、男なら、天皇や貴族の家で事務官として働き、女なら采女うねめすなわち下級の女官として働く。采女の中には天皇の子を宿す場合もあるから、大出世となることも。二つ目の懐柔策は、郡司たちの領地を国司が保証してやるという方法である。いわば、口利きだ。本書は、こんな上申書からはじまる。「私め他田神護おさだのじんごの祖父、父、兄は代々領地を世襲しておりますし、また私自身も平城京でご立派な御身分ごみぶんの方々の家で忠勤してまいりました。したがいまして、下総国しもうさのくにの海上郡うなかみぐんの郡司のお役は是非、私めに任命して下さい」という文書である。現在の千葉県香取郡・市域を代々治める郡司の言葉だ。ただし、この文書は、事務能力抜群で、能書家であった安都雄足あとのおたりという人物に代筆してもらったようだ。

 さて、話は冒頭に戻る。では、とどのつまり、郡司たちと仲良くなる一番の方法は何か。それは宴会だ。かの万葉歌人大伴家持も、最大限に郡司たちを褒め讃たたえる歌を作っている。全国会議員、全国家公務員、必読の書、ここに現る!

 ◇もり・きみゆき=1958年、岡山県生まれ。東洋大教授。著書に『遣唐使の光芒』など。

 吉川弘文館 1700円
    −−「書評:『古代豪族と武士の誕生』 森公章著 評・上野 誠」、『読売新聞』2013年02月24日(日)付。

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