覚え書:「書評:写真家 井上青龍の時代 太田順一著」、『東京新聞』2013年3月3日(日)付。




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書評:写真家 井上青龍の時代 太田 順一 著

2013年3月3日

◆体を張って撮る貧困の底
[評者] 吉田 司 ノンフィクション作家。著書に『王道楽土の戦争』など。
 東日本大震災の復旧事業で暴力団が労働者を違法派遣し儲(もう)けているとか、最近の非正規雇用の若者は一杯百円のコーヒーで夜を明かすマクドナルド難民になっているなんて話を聞くと、一泊五十円のドヤ街の貧困労働者が暴力団ピンハネ搾取や警察の横暴と激しく戦った一九六〇年を思い出す。六一年夏、大阪・釜ケ崎のドヤ街の群衆は「俺たち人間やぞ」、差別をやめろと叫んで機動隊六千人と激突。投石と放火の暴動が四日間も続き、底辺暗黒からの「人間宣言」と評された。
 本書はそんな釜ケ崎の日雇い(非正規)労働者たちの日常を体当たりで活写した伝説的「無頼派」カメラマン・井上青龍の生涯を描いた評伝である。
 地下足袋姿でコップ酒をあおり、手ぬぐいに小型カメラを隠し、すれ違いざま片手でカシャ!と彼らを隠し撮り。当然「なんで撮った」と殴り合いのケンカになる。いまは写真界の巨匠となった森山大道に若き日「路上写真」の醍醐味(だいごみ)を覚えさせたのはこの青龍らしい。あの片手撮りのなんとカッコ良かったことかと森山は回想している。
 カメラ・アイが映像美よりも街角の飢餓や暴動といった人間の荒野を駆けめぐり、ナロードニキ(ロシア民衆革命派)ばりの社会変革を夢みた時代だった。ところがこの青龍さん、報道写真や大学の先生になって“食える”ようになるとテーマ喪失で作品が撮れなくなる。スランプと空白の二十年。最後は「南島の空に…人間を探しに行きます」の言葉を残し、南国奄美の海の水中撮影事故であっけなく死んだ。
 彼の師匠筋は「ドン(鈍)な奴や」と嘆いたと言うが、しかし青龍の生きざまは貧困と絶望が深いほど逆に人間は捨て身の勝負に出る、体当たりで本質的な仕事をやってのけるものだという人生の妙味をよく伝えている。いま貧困の底にいるマクド難民の若者たちに「勇気を出せ!」と無料配布して読ませたくなる本だ。
おおた・じゅんいち 1950年生まれ。写真家。著書『父の日記』(写真集)『ぼくは写真家になる!』。
(ブレーンセンター・2940円)
◆もう1冊 
 神田誠司著『釜ケ崎有情』(講談社)。お金がなくても生き生きと暮らす大阪・釜ケ崎の人々の姿を写し取ったルポルタージュ
    −−「書評:写真家 井上青龍の時代 太田順一著」、『東京新聞』2013年3月3日(日)付。

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写真家 井上青龍の時代
太田 順一
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