覚え書:「書評:沈黙の町で [著]奥田英朗 [評者]逢坂剛(作家)」、『朝日新聞』2013年03月03日(日)付。




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沈黙の町で [著]奥田英朗
[評者]逢坂剛(作家)  [掲載]2013年03月03日

著者:奥田英朗  出版社:朝日新聞出版

■緊迫感に満ちた、いじめ真相解明

 奥田英朗は、もともと引き出しの多い作家で、どれを読んでもおもしろく、失望することがない。 この作品は、一昨年から昨年にかけて、本紙に連載された新聞小説である。これを読むと、著者がきちんと自分の小説作法を持ち、読者を最後まで引っ張るための枠組みを、明確に意識しながら書いていることが、よく分かる。
 まず、中学生のいじめという、きわめて今日的かつデリケートなテーマを、正面から取り上げた姿勢に、著者の覚悟のほどがうかがわれる。誤解を恐れずにいえば、この作品を問題提起型説教小説ではなく、あくまで手ごたえ十分のサスペンス小説として、書ききったところがすごい。
 冒頭、某地方都市の中学生名倉祐一が、部室棟と並ぶ銀杏(いちょう)の木の下で、頭部損傷死体となって発見される。長丁場の小説で、前置きなしにいきなり事件からはいる呼吸のよさは、読み手を否応(いやおう)なしに引きつける。まさに、エンタテインメントの王道、といってよい。 死体の背中には、つねられたと思われる、多数の傷痕がある。ほどなく、携帯電話の受信履歴等から、同じテニス部の市川、坂井、金子、藤田の四人が名倉をいじめていたらしいことが、判明する。名倉は四人に強要され、部室の屋根から銀杏に飛び移ろうとして、転落死したのではないか……。
 物語は、生徒たちの親や担任の教師、真相究明に当たる刑事、事件担当の若い検事、さらには取材に当たる女性記者など、複数の関係者の三人称多視点で、書き進められる。いわば、映画のカットバックの手法で、読み手の興味を少しもそらさず、達者につないでいく。そのため、場面転換は目まぐるしいほどだが、著者は一人ひとりの人物を生きいきと、みごとに描き分けてみせる。
 中盤、今度はフラッシュバックの手法で、突然話を名倉が生きていた時点にもどし、読み手のペースを攪乱(かくらん)する。それ以降、物語は現在と過去を行きつもどりつしながら、名倉の死後と生前の出来事を、交互に描いていく。この手法によって、いじめる側といじめられる側の実態が、徐々に解明される過程はまことにスリリングで、まさに玄人わざの筆運びだ。
 生徒の視点は、被疑者の市川や女子の安藤朋美にほぼ限定され、坂井ら他の被疑者の視点は、取り入れられない。それには理由があるのだが、このあたりはミステリーにとかくありがちな、アンフェアな視点操作を回避するための、たくみな処理といえる。著者はミステリー作家ではないが、そうした気配りにも怠りがない。
 重いテーマを、かくも読みやすく提示する筆さばきは、この作家の独擅場(どくせんじょう)だろう。
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 朝日新聞出版・1890円/おくだ・ひでお 59年生まれ。作家。97年に『ウランバーナの森』でデビュー。2004年に『空中ブランコ』で直木賞、07年に『家日和』で柴田錬三郎賞、09年に『オリンピックの身代金』で吉川英治文学賞をそれぞれ受賞した。
    −−「書評:沈黙の町で [著]奥田英朗 [評者]逢坂剛(作家)」、『朝日新聞』2013年03月03日(日)付。

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沈黙の町で
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