覚え書:「【自著を語る】『思想としての「医学概論」 いま「いのち」とどう向き合うか』 高草木光一さん(慶応義塾大学経済学部教授)」、『東京新聞』2013年4月23日(火)付。




        • -

【自著を語る】『思想としての「医学概論」 いま「いのち」とどう向き合うか』 高草木光一さん(慶応義塾大学経済学部教授)

2013年4月23日

◆先端技術に陥穽ないか
 私は、経済学部専門課程で「社会思想」を担当している。「医学概論」をそんな門外漢がつくるとは、いかにも無謀な試みのように思われるだろう。しかし、社会思想という曖昧模糊(もこ)とした学問領域の役割の一つは、既存の領域が対応しきれない新しい事態に対して、諸分野を結び、共通の認識をつくっていくことだと私は考えている。その「新しい事態」として、「いのち」への脅威が挙げられるだろう。文明の最先端の技術が文明そのものをやがて滅ぼしてしまうという恐怖は、福島原発事故によって現実的なものとなった。救命の先端技術に「いのち」を脅かす陥穽(かんせい)はないのか、iPS細胞の研究開発の行き着く先には恐るべき管理社会、格差社会が待ち構えているのではないか。医に関してももはや鈍感ではいられなくなった。
 「医学概論」という講義は、一九四一年に大阪帝国大学医学部で澤瀉久敬(おもだかひさゆき)によって行われたのが日本で最初と言われている。その講義録は、科学論、生命論、医学論の三部からなる『医学概論』(一九四五〜五九年)としてまとめられた。「医学概論」は、医学とは何かを考察する、医学の根幹にあるべき学問領域だと言う澤瀉は、実は医師ではなく、フランス哲学研究者だった。むしろ非医師であったからこそ、壮大にして、批判的な「医学概論」体系をつくりえたとも言える。この恰好(かっこう)の先例に倣いつつ、3・11後の状況に立脚した新たな「医学概論」を構築することがわれわれの課題となった。澤瀉の三部作に緩やかに対応するように、社会思想研究者の私、「いのち学」者の最首悟(さいしゅさとる)、医学者、医師の佐藤純一、山口研一郎の四名が、それぞれの立場から医学・医療のもつパラドックスを探り、最後に全員で医と「いのち」の未来を展望するシンポジウムを行った。
 本書は、二〇一二年度慶応義塾大学経済学部での講義を基にしているため、医学に関する専門的な事柄もわかりやすく解説されている。講義には医学部の学生もモグリで参加し、「医学部では聴けない医学の講義」を熱心に聴き入っていた。
 (岩波書店・四二〇〇円)
 たかくさぎ・こういち 1956年群馬県生まれ。慶応義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得。最近の著作に『「いのち」から現代世界を考える』『一九六〇年代 未来へつづく思想』(以上編著、岩波書店)等。
    −−「【自著を語る】『思想としての「医学概論」 いま「いのち」とどう向き合うか』 高草木光一さん(慶応義塾大学経済学部教授)」、『東京新聞』2013年4月23日(火)付。

        • -

http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/jicho/list/CK2013042302000216.html








Resize0943