覚え書:「今週の本棚:小島ゆかり・評 『生命の逆襲』=福岡伸一・著」、『毎日新聞』2013年05月19日(日)付。
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今週の本棚:小島ゆかり・評 『生命の逆襲』=福岡伸一・著
毎日新聞 2013年05月19日 東京朝刊
(朝日新聞出版・1470円)
◇生物の“諭しの声”に耳を傾ける
週刊誌『AERA』に連載中の生物学コラム「ドリトル先生の憂鬱」を新編集した一冊。つまり『遺伝子はダメなあなたを愛してる』(二〇一二年刊・朝日新聞出版)の続編である。
かつての昆虫オタク少年が、その夢の続きを大いに語る本、といったらいいだろうか。
「晴れた日は網を持って蝶(ちょう)を探しに」「画家フェルメールとカメラ・オブスキュラ」「小さな断片から大きな世界を見る力」「ホタルが光るまでの長い長い道のり」「カマキリというシュールな存在」「かくしてヒトのメスは長寿を謳歌(おうか)する」「iPS細胞は『自分探し』をする若者」「サーチュインは不老長寿の遺伝子か」など、一篇ずつのコラムのタイトルを追ってゆくだけでも、すでにわくわくする。
少年時代の回想から、ごく最近の生物学の情報まで、話題は幅広く興味深い。専門的な知識をこれほどわかりやすく語ることができるのは、専門分野以外のことがよく見えている人だからにちがいない。
「人間の思惑に対して、生物たちがどんなふうに逆襲を果たすかについて、あれこれ考察してみました。逆襲とはいえ、それは攻撃や復讐(ふくしゅう)ではありません。つねに教訓と展望を含んだ諭しであり、寛容さの表れなのです。私たちは、ドリトル先生のように、彼らのささやきに耳を澄ませ、そしてリスペクトを示さなければならないのです」(「あとがき」)
いくぶん過激なタイトル「生命の逆襲」の意味はこういうことである。
三十八億年という生命の時間を視野に入れたとき、いま見えている世界の姿はどのように変わるか。著者に導かれながら、可視・不可視の境界を超えて生命の不思議と問答をする。すなわち、読者もしばし、夢の続きを歩む著者の同行者になるのである。
単細胞生物には死がありません。もちろん栄養不足などで分裂できないまま生命活動を停止するような単細胞もあり、この場合は細胞の死といえます。しかし分裂を繰り返すかぎりにおいて単細胞生物には死がないのです。しかも、もともとの細胞成分のうち半分が次の細胞に引き渡されるのです。(中略)限られた一生を終えると跡形もなく消え去る私たちは、単細胞生物から見れば、非常に儚(はかな)い存在なのです。(「単細胞生物に死はあるのか」)
ネアンデルタール人と現代のヒトのDNAの違いから、両者は並行して進化してきた異なる種であることが判明したのです。もし、今なおネアンデルタール人が各地に存在し、私たちと似た文化や文明を持っていたとしたら。(中略)ネアンデルタール人と現生人類のあいだにこそ、ほんとうの人種問題が存在しえたのです。これを前にしたら、今、私たちが問題にしているような「人種」というものはなきに等しい。生物学的にはホモサピエンスは1種類です。(「ネアンデルタール人とホモサピエンスの人種問題」)
ほかにも、爬虫(はちゅう)類であるコモドオオトカゲが見せる「待つ」という高等な心の作用や、新農薬ネオニコチノイドとミツバチの大量失踪の関連など、科学的な事実が警告していることの深さと鋭さに驚く。
進化の頂点に立つと自負する人間こそが、あるいは、もっとも初歩的なミスを犯し続けて、生命界を脅かしているのかもしれない。
−−「今週の本棚:小島ゆかり・評 『生命の逆襲』=福岡伸一・著」、『毎日新聞』2013年05月19日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20130519ddm015070038000c.html