覚え書:「記憶をコントロールする 分子脳科学の挑戦 [著]井ノ口馨 [評者]福岡伸一」、『朝日新聞』2013年06月30日(日)付。




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記憶をコントロールする 分子脳科学の挑戦 [著]井ノ口馨
[評者]福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)  [掲載]2013年06月30日   [ジャンル]科学・生物 

■どう作られ、保持されるのか

 「記憶は死に対する部分的な勝利である」とはカズオ・イシグロの名言である。記憶だけが、流転し消滅しつづける世界に私をつなぎ止め、私が私であることを示してくれる唯一の証(あかし)。では記憶とは何か。著者は最初、この問いを哲学から考えようとし、ついには脳のシステムとして捉えなければならないと思い詰め、米国に旅立った。私たちが何かを体験すると、脳の海馬でシナプスが回路を作る。それが記憶の元型となる。そして、ここからが重要なのだが、海馬で作られた記憶は、大脳皮質に書き写され、海馬の方はクリアされる。しかも、大脳皮質に保持された記憶の回路は、思い出すたびにいったん不安定化され、再度、固定化されることも明らかになった。記憶の美化や目撃証言の信憑性(しんぴょうせい)、あるいは意識とは何かまで議論は及ぶ。本書は、著者の一匹狼(いっぴきおおかみ)的な個人史の道のりを縦軸に、脳科学の展開を横軸として描かれた、最も新しい記憶研究の見取り図である。語り口も平易。
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 岩波科学ライブラリー・1260円
    −−「記憶をコントロールする 分子脳科学の挑戦 [著]井ノ口馨 [評者]福岡伸一」、『朝日新聞』2013年06月30日(日)付。

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