覚え書:「書評:忠臣蔵まで「喧嘩」から見た日本人  野口 武彦 著」、『東京新聞』2014年01月26日(日)付。

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忠臣蔵まで「喧嘩」から見た日本人  野口 武彦 著 

2014年1月26日


◆諍いの文化の源流たどる
[評者]伊東潤=作家
 元禄時代は、天下泰平の気運(きうん)が精神的にも物質的にも日本の隅々まで行き渡った時代だった。そんな時代に、忠臣蔵で有名な赤穂事件は起こる。本書では赤穂事件の源流を探ると同時に、浅野内匠頭の心理状態を病理学的に解明。なぜ刃傷沙汰に及んだかを分析し、さらに大石内蔵助らの行動が、自力救済という武士の根源的感情に基づいたものであることを解き明かす。
 著者は文中、「このエッセイは『忠臣蔵まで』という表題どおり、日本人の法感情の源泉にひそむ正義感の伏流の水脈をたどるが、その山場(やまば)として赤穂事件に行き着くことをめざしている」と記している。文字通り、その博覧強記ぶりを発揮し、さまざまな歴史的事件を引用し、日本人の文化の一つである喧嘩(けんか)を分析している。
 前半は喧嘩の歴史を掘り下げ、さまざまな文献から喧嘩に関することを抽出する。そこからは、日本人は闘争心旺盛だから喧嘩をするのではなく、「男がすたる」から喧嘩をするということが分かってくる。それゆえ武士は、些細(ささい)なことから諍(いさか)いや争い事を起こし、その中から喧嘩両成敗という概念も生まれてくる。
 それでも理非は存在するので、喧嘩という自力救済の手段から裁判制度の確立へ、実力による武断統治から、強力な中央法権力による支配(法治国家)への道が開かれていくことになる。
 中盤では、川中島合戦を例に取り、武田信玄が領土拡張のための合戦をしているのとは異なり、上杉謙信は喧嘩をしていると喝破する。長篠合戦の項では、戦いを好む、つまり喧嘩的発想の武田勝頼を、物量の投入によって冷静に破った織田信長の近代的発想を評価している。さらに、忠臣蔵の一方の主役である徳川綱吉についての考察が、実に秀逸である。
 こうした話をつづりながら、最後に赤穂事件に行き着く。日本文化の源流の一つである喧嘩を、さまざまな角度から探ろうとした好著である。
講談社・2310円)
 のぐち・たけひこ 1937年生まれ。文芸評論家。著書『幕末気分』など。
◆もう1冊 
 清水克行著『喧嘩両成敗の誕生』(講談社選書メチエ)。報復や刃傷ざたが日常だった中世に誕生した奇妙な折衷法をめぐるドラマ。
    −−「書評:忠臣蔵まで「喧嘩」から見た日本人  野口 武彦 著」、『東京新聞』2014年01月26日(日)付。

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