書評:拙文「車浮代著『蔦重の教え』(飛鳥新社)」、『第三文明』2014年5月、95頁。

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書評
『蔦重の教え』
車浮代・著
飛鳥新社・1600円+税

「人生の勘どころ」は足下にあり−−蔦屋重三郎に学ぶ「人間学」

 困難にぶつかり、全てが堂々巡りするとき、少しだけものの見方を変えてみるだけで、案外うまくいくことは多い。それは、ドアを押すのか引くのかといった些細(ささい)な違いかも知れないが、ものの見方を変えることこそ一番難しい。「道は近きにあり、然(しか)るにこれを遠きに求む」とはこのことであろう。
 そうした時、小気味よく気づきの刺激を与えてくれるのがSFや時代小説といった創作である。文芸の醍醐味とは、その筋書きの妙技もさることながら、自分とは異なる視座で物事を見つめ直すきっかけを与えてくれることに存在する。本書はその最良の導きとなる一冊だ。
 筆者は、噺家(はなしか)・三遊亭圓窓(えんそう)に学び、江戸文化に造形の深い女流文筆家。その筆は創造的な啓発に満ちている。主人公・武村竹男(タケ)はリストラ直前の55歳のモーレツ・サラリーマン。お稲荷(いなり)さんの罰で江戸時代へタイムスリップするが、そこは、稀代(きたい)の浮世絵師・歌麿うたまろ)を育てた版元・蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう 蔦重)の懐という筋書きだ。実在の蔦重は才覚豊かで面倒見のよい人だったというが、タケは蔦重のもとで、人生の極意を学んでいく。例えばその一つは、三方向から見る目を持つこと。蔦重は次のように言う。
 「実際にてめえが見ている目と、相手からてめえがどう映っているかってえ目、最後に、天から全部を見通す鳥の目だ。この三方から物事を見りゃあ、失敗しないし、騙(だま)されねえし、新しい考えも湧くってもんだ」。
 筆者のテンポのよい文体と魅力的な人物描写、そしてそれを裏打ちする知見がふんだんに盛り込まれ、「人生の勘どころ」がぎっしり詰まった本書は読み手をとらえて離さない。「仕事が忙しくて、とても小説など読む時間などありませんよ」などと「言い訳」する社会人に手にとって欲しい。
東洋哲学研究所委嘱研究員・氏家法雄)
    −−拙文「車浮代著『蔦重の教え』(飛鳥新社)」、『第三文明』2014年5月、95頁。

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