覚え書:「Listening:<そこが聞きたい>公共放送の役割 グレッグ・ダイク氏」、『毎日新聞』2014年04月09日(水)付。

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Listening:<そこが聞きたい>公共放送の役割 グレッグ・ダイク氏
2014年04月09日


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 ◇政府の監視、最重要−−元BBC社長、グレッグ・ダイク氏

 NHK会長の発言を機に、政府と公共放送の関係に関心が高まっている。イラク戦争開戦を巡る報道で、政府から強い批判を浴びながら独立した報道を貫いた当時の英国放送協会(BBC)社長、グレッグ・ダイク氏に公共放送の役割などを聞いた。【聞き手・ロンドン小倉孝保、写真も】

−−政府との関係において、公共放送はどうあるべきでしょう。

 はっきりしているのは、時々の政府の意向を酌むことは公共放送の役割ではないということ。公共放送にとって重要なのは政治家を監視することだ。党派に関係なく公正、公平に全ての政治家を監視すべきだが、特に権力の大きい政府の監視はより大切だ。そのために公共放送は政府から独立していなければならない。

−−国益の追求という点で、公共放送が政府への協力を期待されることもあるのでしょうか。

 政府と公共放送では目的が違う。政治家や政府の目的は権力の維持だ。権力を握った政治家は、自分たちが権力に居座ることが国益に合致すると考える。全ての政治家は、自分たちこそ国益を追求していると主張する。それを踏まえたうえで公共放送は、政治家の言うことが真の国益なのかをチェックすべきだ。民主主義社会において公共放送の役割は、権力への協力ではなく監視だ。

−−2003年のイラク戦争開戦を巡り、BBCは英政府の報告書がイラクの脅威を誇張していると報じ、ブレア首相は「偏向」報道だと批判しました。

 あのとき私はブレア氏から手紙を受け取った。「BBCは反政府的姿勢に偏っている」という批判だった。私は手紙でこう応じた。「あなたは現在の状況を公正に判断する立場にない」と。首相は政策を担う主要プレーヤーだ。プレーヤー自身が政策を公正に判断することはできない。

−−戦争という特殊な状況でも、公共放送の役割は変わらないのでしょうか。

 第2次中東戦争スエズ動乱、1956年)のイーデン首相もフォークランド戦争(82年)のサッチャー首相も戦時において、政府への協力をBBCに期待した。イラク戦争でブレア氏もBBCは自分の側に付くべきだと考えた。ただ、イラク戦争では英国内で200万人が戦争反対のデモに参加した。公平な報道をするためには当然、戦争反対の声も取り上げることになる。実際、あのとき戦争を支持する人は少なく、そうした声は拾うことさえ難しかった。BBCの役割は戦時であっても政府の監視にあると思っていた。

−−そうしたあなたの判断を多くが支持していると思いますか。

 イラク大量破壊兵器疑惑について多くの英国民は今、政府が脅威を誇張したと考えている。実際、あらゆる世論調査で国民は、ブレア氏が真実を語らなかったと信じている。10年が経過した今、ブレア氏が正しく、私が間違っていたと考える人はほとんどいないはずだ。この問題で私は辞任を強いられた。放送者は政治家に立ち向かうとき、常に犠牲を覚悟しなければならない。

−−BBCが比較的、公正に放送できる理由は何でしょうか。

 英国の放送局は公正であることが法律で義務付けられている。これは新聞との違いだ。実際、英国には右から左までさまざまな新聞が存在する。政府から独立し公正な放送をするためにはBBCトラスト=1=の果たす役割が大きい。トラストには公正な人が選ばれている。政府が自分たちに都合の良い人をメンバーにしようとすることはないと私は信じている。また、ライセンス制度=2=により議会で予算を通す必要がないため、それほど政治家を気にすることもない。

−−さまざまな通信、放送手段が生まれる中、公共放送は必要でしょうか。

 しっかりした公共放送のない米国の例をみれば必要だとわかる。米国の放送局はイラク戦争をどう報じたか。リベラルなCNNから保守のフォックスまで全てのテレビ局は、こぞって戦争突入の旗を振った。彼らは感情的愛国主義者で、放送者のやるべき仕事をしなかった。公共放送であるBBCはそれを戒めた。私たちの仕事はイラク戦争に突き進む政府を感情的に支持するのではなく、政府を監視することだと思っていた。

−−亡くなったBBC人気司会者、ジミー・サビル氏が長年、多数の少女に性的暴行を繰り返し、BBCがその疑惑追及番組の放送を取りやめていた問題などBBCにも批判があります。

 個々の番組については、良いものからひどいものまである。いつの時代もそうだった。重要なのは組織としてBBCが信頼されているかどうかだ。信頼を失ったとき、BBCの歴史は終わる。確かにサビル氏の問題でBBCのやり方は批判されるべきだ。ただ、そうした批判はあっても現時点ではまだ、国民のBBCへの信頼はおおむね高い。それは、日本国民のNHKに対する信頼と同じだろう。違うかね。

 ◇聞いて一言

 ダイク氏は紳士面しない人間として知られる。「クリケットよりもサッカー、ワインよりもビールの人」である。インタビューでは率直に公共放送の役割を語った。ただ、BBCがその役割を担えるのは、予算や人事で政府や国会から独立が担保されているためだと思った。02年には東京でNHKを訪れたこともあるという。「技術力が素晴らしかった」と印象を語っている。最後の、「NHKも信頼されているだろう」との言葉は紳士らしい世辞だが、応援メッセージと受け止めたい。

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 ■ことば

 ◇1 BBCトラスト

 NHKの経営委員会に相当する。視聴者(出資者)に代わってBBCを監督し、社長の任命も行う。トラスト委員(12人)選考は公募制で、応募者の中から文化・メディア・スポーツ省が選考し、同省の助言(指名)に基づき女王が最終的に任命する。NHK経営委員と違い国会の同意は必要ない。委員には政治家、労働組合幹部、ジャーナリスト、外交官など各界からバランスをとって選ばれるのが慣例となっている。

 ◇2 ライセンス制度

 テレビやビデオデッキなどを所有する者に対し、ライセンス料(受信料)支払いが義務付けられた制度。許可証を購入する形で受信料を納め、税方式とも呼ばれている。最近では受信料の金額は6年に1度、政府との交渉で決まるが、BBCの予算自体はBBCが決定する。政府や企業の圧力に屈せず公正な放送を行うための制度と考えられている。

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 ■人物略歴

 ◇Greg Dyke

 1947年、英ミドルセックス州生まれ。新聞記者などを経て2000−04年までBBC社長。現在、イングランド・サッカー協会会長。 
    −−「Listening:<そこが聞きたい>公共放送の役割 グレッグ・ダイク氏」、『毎日新聞』2014年04月09日(水)付。

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