覚え書:「発言 右傾化の正体は国民の心配性=松本正生」、『毎日新聞』2014年04月17日(木)付。

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発言
右傾化の正体は国民の心配性
松本正生 埼玉大学教授

 「日本人(わけても若者)の右傾化」論がかまびすしい。きっかけのひとつは2月の東京都知事選における田母神俊雄氏の大方の予想以上の健闘だ。若者層の支持は高く、毎日新聞出口調査の年代別データを見ると20代で田母神氏に投票した人の比率が2位を占め、男性の20代に限れた桝添要一氏を抜いてトップだった。
 ところが、基準を政党に置き換えると、61万の田母神票の中身は自民党支持者(50%)と支持政党なし(50%)に二分される。日本維新の会の支持者中で田母神氏に投票した人の比率は桝添、細川護熙両氏に引き離された3番目に過ぎない。
 政策についても災害対策を重視する人たちの支持が高いぐらいで、顕著な特徴は見あたらない。もろもろのデータを総合すると、若者は消去法的に田母神氏を選択したのではないかという推測が成り立つ。
 右傾化のもう一つの特徴は、安倍内閣の高支持率だ。昨年暮れの靖国神社参拝以来、安倍晋三首相の前のめりの言動にはタカ派的色調が目立つ。けれども「安倍一強政治」を支える内閣支持率の高値安定に変化はない。メディアが連発する危惧も世論にはほとんど到達していないのか。
 とはいえ、高支持率の背景には、有権者の割り切りがたい胸中が存在する。「集団的自衛権行使のための憲法解釈の変更」「原子力発電所の再稼働」など、ホットイシューの評価は反対が多数を占める。
 身近で切実な経済でも「安倍内閣の経済政策を評価する」にもかかわらず「景気が良くなったという実感はない」。四分六部的な感情に依拠する支持は「それ(安倍政権)意外に選択肢はなく、期待するしかない」「これ以上世の中が悪くなってほしくない」というどん詰まりの状況の裏返しだろう。
 毎日新聞埼玉大学社会調査研究センターの共同調査(「日本の世論2013」)の結果にも、同様の心性がうかがえる。「家族が大切」という思いに象徴されるごとく、他のアイデンティティーのよりどころがないからこそ「失いたくない」、現状に満足かどうかは別に「今、目の前にあるものを守りたい」という心配性ゆえの現実保守にほかならない。
 政治と世論の間では、政治を評価する指標、言い換えれば、政治のエネルギー源が内閣支持率に一元化されている。時の政権にとって内閣支持率に依拠する政治運営から逃れるすべは見当たらない。この先、景気動向アベノミクスにかげりが生ずることがあれば、支持率維持のために、世論の関心を外に向ける常とう手段に腐心せざるを得ないだろう。
 その時、世論はどう反応するのか。地に足の着いた中庸が薄くなった今、現状保守に余年のない心配社会には、安全保障や領土などの直接的なナショナリズムよりも、PM2・5や黄砂など、生活レベルの不安や素朴な脱自虐志向の刺激で、相応の効果が得られるかもしれない。
 かくして日本人の右傾化を危惧する向きは、安倍政権が窮地に追い込まれて国民の「心配性」を刺激することがないよう願わざるを得ない。

まつもと・まさお 埼玉大学社会調査研究センター長。著書に「『世論調査』のゆくえ」など。
    −−「発言 右傾化の正体は国民の心配性=松本正生」、『毎日新聞』2014年04月17日(木)付。

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