覚え書:「書評:柳田国男の話 室井 光広 著」、『東京新聞』2014年06月22日(日)付。
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柳田国男の話 室井 光広 著
2014年6月22日
◆災厄への予感にも鷹揚と
[評者]神山睦美=文芸評論家
東日本大震災以後、柳田国男にふれた文章を目にすることが多くなった。柳田を民俗学の枠に収まらない普遍的な思想家とみなし、その文業をたどった本書もまた、3・11についての特別な思いから書かれた評論集といえる。
『遠野物語』に、明治二十九年の三陸津波で被災した夫婦の不幸を語る哀切な民俗譚(たん)がある。柳田は災厄がもたらす不条理の念を死者と生者との三角関係の話として語りかけた。それは、男女の三角関係を災厄への予感と切り離すことのできないものとして描いた夏目漱石の思いにも通ずる。
著者はこのような漱石の思いを、大逆事件に際して「時代閉塞(へいそく)の現状」を書いた石川啄木や、「私はいま、なんだか、おそろしい速度の列車に乗せられているようだ」と小説の登場人物に語らせた太宰治の中にも見いだす。さらには、宮沢賢治の童話作品の中に隠されている思いもこれに通ずるのではと語り、柳田の民俗学には、彼ら「東北原詩人」の血が流れていると述べる。
しかし一方で、柳田は彼らのように不安や恐怖に駆り立てられるのではなく、ゆったりとした態度と、どこか鷹揚(おうよう)な歩みで、日本列島の山野河海を縦横に走り抜けたとも言う。それは、急な斜面をジグザグに上って行くスイッチバック走行によってだった。
そういう柳田の民俗学を「平人の平語」で語られた「神聖平人喜劇」と名づける著者は、同じ民俗学でも「忘れられた日本人」をたずね歩いた宮本常一とも異なると言う。それは、柳田の感性の奥に刻み込まれた「おぐらきもの」への鋭敏な感受に由来する。
著者はその「おぐらきもの」を近代以前の薄闇の中に探っていく一方、プルースト、カフカ、ボルヘス、ベンヤミンといった世紀末の作家の思想をたどることで、未来からやってくる禍々(まがまが)しい災厄への予感として語る。柳田のスイッチバック走行を印象づける遊歩人のようなその歩みと印象的な語りは、読者を魅了してやまない。
(東海教育研究所発行、東海大学出版部発売・2970円)
むろい・みつひろ 1955年生まれ。作家・評論家。著書『おどるでく』など。
◆もう1冊
『文芸の本棚 柳田国男』(河出書房新社)。柳田のエッセイや全集未収録の文章のほか、橋川文三や柄谷行人らの論考を収めるムック。
−−「書評:柳田国男の話 室井 光広 著」、『東京新聞』2014年06月22日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014062202000182.html