書評:水上滝太郎『銀座復興 他三篇』岩波文庫、2012年。
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ところで、勤め人として人のために仕事をし、文学者として自由に創造する、この理想を追求した人物は滝太郎いがいにいない。人格に裏打ちされた書き手であり、そのよさは、二足の草鞋にあったと思えてならない。一つは大いなる義務、一つは純粋な憧憬。私はこれを、無垢の二足の草鞋とよびたいし、うらやましく思う。滝太郎は、両方を忖度なく自らの仕事として愛し、フェアに生きた人だ。
−−坂上弘「解説 震災と水上文学」、水上滝太郎『銀座復興 他三篇』岩波文庫、2012年、226−227頁。
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水上滝太郎『銀座復興 他三篇』岩波文庫、読了。「復興の魁は料理にあり 滋養第一の料理ははち巻にある」。関東大震災後の焼け野原の銀座にたったトタン小屋の飲み屋。焦土東京の下町から品川の海が見えたという。ランプの下へ集う人々の自由なつながりと復興への鎚の音を生き生きと描く表題作。
水上自身その日、由比ヶ浜の別荘地で地震津波に遭遇したが、その記憶が元になる「九月一日」では、避暑地の若者たちのその日のこころを抑制のとれた筆で浮き彫りにする。
宮崎駿夫さん『風立ちぬ』の冒頭を想起した。ひょとして影響を与えているのではないかと。
新婚生活に入った若夫婦を瑞々しく「果樹」は水上の傑作と呼ばれるが、著者の人格主義に、まさにまさにと膝を打つ。町内会的な閉塞的絆の暴力性を描く「遺産」は、正義感あふれない描写が印象的だ。中立とは無縁だが、社交とは常に相対的なのだ。
久しぶりにいい小説を読んだ。三田文学ここにあり。