日記:ベストを求めるあまり、微温的なことを言う者を排除していけば、結局最悪の政治指導者を招き寄せるという結果につながる

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政策転換の経験と今後の財産
 市民に求められるのは、程度の違いを見極める能力と、政策変化についてある程度の満足を感じる「ゆるさ」である。地上で理想を実現することが不可能であることは、すでに繰り返し述べてきたとおりである。理想を追求するあまり、漸進的な政策の改良を生ぬるいと否定していては、何の前進も起こらない。ある程度前向きの変化が起こったところで、大満足とはいかなくても、ほどほどの満足を得るべきであり、そのことを政治に対してもフィードバックする必要がある。
 理想主義、完全主義の落とし穴は、日本の脱原発運動にも見られた。二〇一二年の脱原発運動の高まりは、当時の民主党政権によるエネルギー政策の改定作業にも、大きな影響を及ぼした。野田佳彦政権が結局大飯原発の再稼働を決定したことは、運動側から見れば裏切りであろう。しかし、同じ政権がエネルギー戦略の中で、「二〇三〇年代に原子力発電を0にするためにあらゆる政策資源を投入する」というビジョンを決定したことは、大きな変化である。それまでの政府は、原発の安全性を強調し、その推進を謳ってきただけである。最終目標として原発ゼロを掲げたことは、画期的であった。
 これに対して、時期が遅すぎるとか、文言が曖昧だといった批判を投げかけて、政策転換を否定しては、むしろ脱原発という大きな政策目標に逆行するのである。二〇一二年七月九日に行われた脱原発を求める国会包囲デモの光景である。集団の中央に、「野田政権打倒」というプラカードが掲げられている。即時原発廃止という高い理想を追求する人々にとっては、大飯原発再稼働を決めた野田政権は許せないので、すぐに辞めろと言いたくなるのであろう。しかし、野田政権を倒した後にどのような政権ができて、原発に関してどのような政策を進めるか、具体的に考えていなかったからこそ、脱原発運動参加者はこのようなスローガンを唱えたのであろう。皮肉な言い方をすれば、野田政権打倒というスローガンは、同年末の総選挙で実現された。その結果、早く原発を再稼働したくて仕方がない自民党が政権に復帰し、二〇三〇年代原発ゼロという野田政権の方針もゴミ箱行きとなった。
 民主政治に参加する市民は、この一連の経験から、教訓を学ばなければならない。民主政治において、理念と理想は何よりも重要である。しかし、同時に理想になかなか近づけないまどろっこしさに耐えなければならない。大事なことは、どこまでできたか、ではなく、どこに向かって進むかという方向性である。脱原発派は、政府が時期は別として、原発ゼロという目標を設定したことを好機ととらえるべきであった。その方針を支持したうえで、次の段階において、より速く、より徹底的に目標を実現するための努力を払うべきであった。同じ方向に向かって進む者は、速度が速いか、遅いかという違いはあっても、仲間である。仲間を少しでも増やして、政策決定を有利に進めることが、民主政治の王道である。
 理想主義、完全主義に固執して、それを共有しない他者を攻撃することと、運動や市民の無力さをなげくことは、表裏一体の現象である。野田政権打倒のエピソードで説明したように、ベストを求めるあまり、微温的なことを言う者を排除していけば、結局最悪の政治指導者を招き寄せるという結果につながる。まさに、地獄への道は善意で敷き詰められている。一歩づつの前進にそれなりに手ごたえを感じつつ、継続的に政治にかかわり続けるというのが本来の現実主義である。
 厳しい現実の中で、理想を掲げて、一歩づつ歩む市民の力が、求められている。理想に関する魯迅の小説、「故郷」の最後の部分の言葉を引いて、本書の結びとしたい。
 希望とは本来あるとも言えないし、ないとも言えない。これはちょうど地上の道のようなもの、実は地上に本来道はないが、歩く人が多くなると、道ができるのだ。[魯迅二〇〇九:六八−八九]
    −−山口二郎『いまを生きるための政治学岩波書店、2013年、227−230頁。

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一国の首相から民衆の一人ひとりにいたるまで、ネトウヨ思考の汚染の拡大の勢いが激しい。だからこそ、それに抗う必要はあるのだけど、その抗い方においては、コピーペーストよろしく同じ言葉しか吐くことが出来ない金太郎飴化するネトウヨ的合同でやるのではなく、多様な展開というのが必要なのではあるまいか。

もちろん、その多様さの中には、まゆつばものも存在することを否定することはできない。しかし、そのことを「スルー」というのでもなく、眉間にしわを寄せて「脚を引っ張る」というのでもなく、対峙する一点を共有し、相互に訂正しながら、軽挙妄動に向き合い「続ける」ことが必要なのではあるまいか。

それは、同時に新しい連帯の形を創造していく挑戦にもなるのではあるまいか。

そうしたねばり強さ、漸進主義が今こそ必要なんだろうと実感する。




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