覚え書:「書評:文字の靈力 杉浦 康平 著」、『東京新聞』2014年11月09日(日)付。

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文字の靈力 杉浦 康平 著

2014年11月9日


◆魅惑の漢字デザイン
[評者]武田雅哉=北海道大教授
 中国人は「漢字なんて捨ててしまえ!」という考えに、まじめに取り組んだ時期があった。清朝の末期には、非漢字文字−多くは表音文字である−がたくさん考案された。理由はひとつ、漢字は面倒くさいからである。漢字を覚えるくらいなら、アルファベットにしたほうが国家のためになる!と。それなのに、いまだに漢字は捨てられていない。
 中国政府は簡略字を提唱しているが、人民は昔の複雑な漢字のほうがお気に入りと見えて、なかなか浸透しない。文字はつまるところ道具にすぎないのだが、道具にもあれこれ思い入れを抱き、こだわってしまうのが人間というものらしい。それは文字に「靈力(れいりき)」があるからだ。
 本書はまさに便宜性だけでは測りきれない、われわれを魅了する文字の靈力を周到にレイアウトされた多くの図版とエッセイとで綴(つづ)った宝石箱のような一冊。文字をめぐる思索の飛翔(ひしょう)は、あくまでもグラフィックデザイナーならではのものであり、漢字学者の及ぶ所ではない。
 「福寿」の吉祥文字の遊びから、「山」「手」などありふれた漢字に秘められた宇宙まで。甲骨文字から、漢字のようで漢字でない、いわく言い難い不思議な文字まで。きょうも中国の街角には、靈力を放つ文字群が過剰にひしめいていることだろう。この楽しい一冊を手に、またぞろ中国の街を散策したくなった。
工作舎・3024円)
 すぎうら・こうへい 1932年生まれ。グラフィックデザイナー。
◆もう1冊 
 白川静『漢字の世界』(1)(2)(平凡社ライブラリー)。漢字の誕生から表現史、中国人の思考法までを体系的に語る。
    −−「書評:文字の靈力 杉浦 康平 著」、『東京新聞』2014年11月09日(日)付。

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