覚え書:「精神科病院を考える:下 根強い、入院中心の文化 上野秀樹さん」、『朝日新聞』2014年12月17日(水)付。
-
-
-
- -
-
-
精神科病院を考える:下 根強い、入院中心の文化 上野秀樹さん
2014年12月17日
日本では32万人を超える人たちが精神科病院に入院しています。先進諸国に比べると入院期間も極めて長く、認知症の人の入院も増えています。精神科医として現場で精神医療のあり方に疑問を感じ、発言を始めた内閣府障害者政策委員会委員の上野秀樹さん(51)に聞きました。
■「退院」「暮らし」、支える意識を
――日本ではなぜ、精神科の入院患者が多く、長期なのでしょう。
「歴史を振り返る必要があります。明治時代には法律で、『座敷牢』と言われるような自宅の一角で隔離することが認められていました。その後、公立病院の建設は進まず、戦後、精神科は一般病院より医師や看護師の数が少なくていいという特例や安くお金を借りられる制度ができ、民間の精神科病院がどんどんできました」
「1964年にはライシャワー米国駐日大使が精神障害のある少年に刺される事件があり、『野放し』反対キャンペーンが起こります。直後に国は入院中心の医療へとかじを切り、病床は増え続けました」
「いまも政策の根底には『社会から隔離・収容する』という思想が流れていると思います。ハンセン病での強制隔離政策と似ています」
――現場にもそんな思想があるのでしょうか。
「精神科医は法にのっとって強制的な入院や行動制限をしますが、知らず知らずのうちに精神障害者が長期入院していてもおかしいと思わなくなりがちです。告白すると、私は彼らは自己決定する能力に欠けるので、生活上の指示を出して従わせるのが正しいことだと思っていました」
「入院させ、薬を使って患者を鎮静すれば、家族から感謝されます。私はかつては入院した人が何を希望しているかなど考えたこともありませんでした。いま思うと、家族のための、社会防衛のための薬物療法でした」
「5年ほど前から千葉の病院で認知症の人への訪問診療を始めました。それまでは入院しないと治療ができないと思っていた人が、工夫をすると外来や往診だけで対応できました。たとえば私の携帯電話の番号を家族に教え、『何か変化があればすぐ電話を』と伝えます。すると家族が安心する。それが本人に伝わるのでしょう。症状が落ち着くんですね。実際ほとんど電話はかかってきませんでした」
「認知症の人の症状や行動の原因を探り、そのメッセージを見極めて環境やケア、薬を調整すれば入院しないでも改善すると実感しています」
――そういう実践が広がれば、入院は減りますか。
「精神科病院には『吸引力』があります。病院は『困った存在になりうる人』をとりあえず引き受けてくれるので1回利用すると癖になる。そんな『便利な施設』が地域にあると、『工夫すれば地域で支えることの出来る人』が吸い込まれてしまう。工夫しなくていいので多様な人を支える仕組みが育たないということになります」
「急性期対応のために全国で5万〜10万床の緊急用の病床は必要ですが、それ以外は国が強制的に減らすぐらいのことをしないと減らないでしょう。入院患者は病院にとっては収入源。強力な政策誘導が必要でしょう」
――厚生労働省が進める「病床転換型居住系施設」についてはどうですか。
「病院の敷地内ですから、鍵がかかる、かからないの違いはあっても、社会からの隔離、精神障害者の自己決定権の軽視など病院の文化はそのまま残ると思います。統計上の入院者数は減っても実態は変わらないということになりかねません。私自身、病棟で精神症状のある人を見ると、今でも自動的にスイッチが入って、いかに鎮静させるかということを真っ先に考えてしまう。精神科病院の文化を消し去るのは本当に難しいことで、病院の敷地内で、本当の意味での『退院』や『暮らし』を支える意識をスタッフがもてるか疑問です」
*
精神科医・内閣府障害者政策委員会委員 東大医学部卒。都立松沢病院などを経て、勤務医のかたわら、内閣府障害者政策委員会委員、千葉大学医学部付属病院地域医療連携部特任准教授を務める。
■長い在院日数、減らない病床
全国の精神病床は34万あり、9割が民間病院。精神疾患を抱える患者は全国で320万人おり、32万人を超える人たちが入院している。そのうち3分の2が1年以上で、5年以上の入院も約11万人。平均在院日数も285日(13年)と諸外国と比べると極めて長い。
10年前に厚生労働省が「入院医療から地域生活へ」との基本理念を打ち出し、治療に入院の必要がない「社会的入院」の7万2千人の退院を進めて病床を減らすと目標を立てたが、実現は難しそうだ。
厚労省は今年、病床を減らして病院の施設内や敷地に新たなグループホームや介護施設、アパートなどをつくる「病床転換型居住系施設」について検討。対象を現在の入院患者に限定するなど条件つきで敷地内でのグループホームへの転換を認める方針だ。当事者団体などからは「病院の敷地内では本当の意味で退院したことにならず、看板の掛け替えにすぎない」と批判の声があがっている。(編集委員・大久保真紀)
−−「精神科病院を考える:下 根強い、入院中心の文化 上野秀樹さん」、『朝日新聞』2014年12月17日(水)付。
-
-
-
- -
-
-
http://www.asahi.com/articles/DA3S11510764.html