覚え書:「【書く人】妄想と愚直につき合う 『認知の母にキッスされ』 作家 ねじめ 正一さん(66)」、『東京新聞』2014年12月21日(日)付。


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【書く人】

妄想と愚直につき合う 『認知の母にキッスされ』 作家 ねじめ 正一さん(66)

2014年12月21日


 年老いた親の介護は今の超高齢化社会で当たり前の情景になった。核家族化で家族の経験の形が変わり、社会制度の蓄積も少なく、誰もが戸惑っている。そのためさまざまな介護本、介護をめぐる作品も登場してきた。本作もそんな一冊。
 四年ほど前から、ねじめさんにもそんな現実が押し寄せた。手足のマヒで介護し続けてきた高齢の母親が認知症に。下の世話など生活介護の負担に加え、母親は現実と妄想が混淆(こんこう)して、次第に通常のコミュニケーションがとれなくなる。毎日、母の元に通うが、その対応に追われ生活も仕事も調子が狂い始める。
 小説はそんな母親の認知の姿に戸惑う作家の日常と心情が隠さず記述される。
 「異変をきたした老母と老いてゆく息子がいて、息子はあたふたとして何もできない。ただ一緒に過ごすことに何か意味があると思っている。何もできないなかで、母親の妄想につき合うことは愚直に徹底した」
 妄想がもたらす言動は一見支離滅裂だが、よくよく思い出すと、どこかで母親の生の場面につながっている。妄想を探ることで、家族を顧みなかった無頼の父親や二十年以上その父親を介護してきた頑固な母親の人生もなぞられる。息子と一緒に働いた乾物屋や民芸店の商いや、共有した俳句趣味の時間も回想される。
 「母の激しい妄言は命を削って自由になろうとする生命力の発露のように、次第に感じてきた。その妄想につき合う息子の姿に泣き笑いしてくれればいい。今は妄想のエネルギーも減っているけど、母親の現実離れした言葉を聞きたくてよく話しかけるんです」
 「おどおどと母親の異変に寄り添う子どものような作品で、介護や認知の知識や心構えはあまり書いていない」。だがそんなことはない。介護する親がいない友人、若年性の認知症に苦しむ友人、病院で出会った徘徊(はいかい)老人、懸命に介護に向き合う同世代の男性、随所にそんな人物が登場する。また介護の現実に追いつかない社会環境も。介護を始めて気がついた小さな発見がちりばめられる。
 介護される人の人生、介護する者の思い。そんな人たちの姿がねじめさん自身の介護のあり様を仕切り直し、母の認知の現実を受け入れる活力となっている。
 「大きなドラマはないけど、自分の体験した介護の細部の情景を描くことで、介護や認知そのものを別の場所に出したかった」
 中央公論新社・一八九○円。 (大日方公男)
    −−「【書く人】妄想と愚直につき合う 『認知の母にキッスされ』 作家 ねじめ 正一さん(66)」、『東京新聞』2014年12月21日(日)付。

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