研究ノート:「内閣政治」と「民本政治」の違い

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美濃部達吉といえば「天皇機関説」の問題で、ある意味では戦前日本を代表する良識といってよいですし、その憲法学の水脈は戦後日本にも受け継がれています。しかし、その「限界」というのも承知することの必要性、そして「乗り越えられた」と思われがちな「民本主義」に実は可能性があるのではないか、という指摘について少々、覚え書にしておきます。


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「内閣政治」と「民本政治」の違い

山口 ところで、憲法学というのは、戦前と戦後を貫く一貫性の方が強いのではないかという気がするのですが、どうですか。

坂野 そう、強いです。戦前の憲法学には、明治憲法をリベラルに解釈する美濃部達吉憲法学と額面通りに解釈した穂積八束憲法学があって、美濃部憲法学がいったんは勝った。ところが、一九三〇年代に天皇機関説事件でつぶされて、戦後は美濃部憲法学が復活したわけです。

 僕は安倍首相たちが言っていることは、穂積憲法学に戻るという話のように聞こえる。国体明徴で、天皇機関説攻撃をやって、万世一系に戻りたいというのと重なるんです。ただ、彼らは穂積八束が書いた『憲法提要』なんて読んだこともないだろうね。

山口 憲法学者と議論をしていて感じるんですが、彼らはやはり国家権力を担う官僚機構に対する信頼が強いような気がします。戦前憲法と戦後憲法は原理が違うことになっています。しかし、超然主義とまでは言いませんが、解釈・運用においては連続していて、要するに、政治の動きから遮断すべきという部分というものがあって、それこそが国家権力を動かすと捉えているように思うんです。官僚機構がそうですし、いま話題の内閣法制局もその典型です。法的安全性を確保するには、憲法解釈をあまり簡単には変えるべきではないと。そういう持続性を担保する機関を内閣の中に置いておいて、長官は職業的行政官をあてることで、政党政治の波を遮断する防壁をずっと敷いてきた。憲法学者はそれをよしとしてきたのです。それがあるから、民主主義の行きすぎを抑制できるのだという話だったわけです。

 今回安倍首相はそこに手を突っ込んで、法制局長官を党派化したわけですね。ある意味で民主化と言えなくはない。実は同じことを小沢一郎氏が民主党政権の時に、役人が憲法解釈を全部仕切るのはけしからん、これは非民主的だと言っていたのです。要するに、政党政治の波を遮断する防壁を作ることが、民主化の障害となるということは以前から議論があったんです。そこはなかなか微妙な問題です。職業的行政官が超然として憲法解釈を示しているからこそ、政党政治が成り立っている面もあるわけで。つまり、政治体制の基本問題に手をつけることなく、日常の政策課題に専念するという意味で政党政治のテーマが絞られている。

 このことは自主憲法という題目を掲げる自民党政治にとって重要な前提でした。表向き憲法改正は言うけれど、六〇年代以降は憲法問題にエネルギーを使わず、憲法の枠内で日常の政策課題に専心するのが自民党政治でした。

坂野 僕は明治憲法体制を「大権政治」と「内閣政治」と「民本政治」という三つの政治理念による憲法解釈から説明したことがあるんです(『近代日本の国家構想』第三章、岩波現代文庫)。大権政治というのは、穂積八束だけど、天皇が国家の重要な政策を自由に決定できると解釈する。内閣政治は美濃部達吉で、内閣だけで憲法解釈をやっていくというもので、議会に諮ったり国民に訴えるなんていうことは一切考えていない。民本政治は吉野作造で、議会から変えていくという。だから美濃部と吉野は仲が悪いんだ。

 内閣決定だけで憲法九条第二項の解釈を変えてしまおうとする安保法制懇は、この美濃部的な立場で、穂積憲法学の安倍首相とは立場が違う。しかし、日本国憲法は、議会と民意を最重視する吉野の「民本政治」に立っている。護憲派はこのことがわからないので、美濃部の「内閣政治」のままでいる。「内閣政治」という点では、石破幹事長と同じ立場の上で対立しているわけです。

山口 なるほど。美濃部流の内閣政治を、戦後も憲法学者は引き継いでいるのですね。これはある意味では官僚制の権力を温存するという側面がありました。政党政治が内閣政治の聖域まで入ってこようとすれば、これは絶対駄目だという形で反対する。国家中心の伝統的な憲法学に対して異議を唱えた松下圭一さんは、むしろ民本政治でした。内閣政治を突き崩して、地方分権や「国会内閣制」をやろうという議論を立てたわけです。

坂野 市民社会論だからね。

 もう一度繰り返すけれど、美濃部達吉の「政党内閣支持」は、明治憲法第五五条の「国務大臣規定」に根拠を持っているんだ。彼は「内閣論」から「政党内閣制」を支持したのであって、「議員内閣制」を主張したことはないんですよ。吉野作造の方は「民本主義」だから、普通選挙制で国民が議会を握れば、「政党内閣」は自然とできるという主張なんだ。その点では、選挙で勝てば何をやってもいいという安倍内閣の立場に、むしろ近い。議会制民主主義の国なんだから、総選挙で勝った政党内閣は、同時に議会をも掌握できる。ただ、公明党ががんばっているから、安倍内閣はまだ議会を完全には握っていない。護憲派内閣法制局公明党だけに頼らないで、次の選挙で勝つための努力をしなければ……。
    −−坂野潤治山口二郎『歴史を繰り返すな』岩波書店、2014年、21−24頁。

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