覚え書:「書評:エノケンと菊谷栄 山口 昌男 著」、『東京新聞』2015年04月05日(日)付。

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エノケンと菊谷栄 山口 昌男 著

2015年4月5日
 
◆不世出の座付き作者
【評者】堀切直人=文芸評論家
 かつて種村季弘さんから、山口昌男さんが喜劇役者エノケンの知られざる座付き作者・菊谷(きくや)栄の評伝を書いているという話を伺ったことがある。菊谷はエノケンとコンビを組んでレビューの脚本を書き継ぎ、将来を嘱望されていたが、召集され昭和十二年、中支戦線で若くして戦死した。菊谷の戦死はエノケン、ひいては浅草興行界にとって大打撃であった。当時、昭和初期の浅草興行界にひとかたならぬ興味を抱いていた評者は、夭折(ようせつ)した不世出のレビュー作家とエノケンの交友に光が当てられることに興奮を覚え、たまたまお会いした山口さんに、その評伝の進行を訊(き)いたこともある。
 それから時間がずいぶんたって、山口さんも種村さんもいない今、未完ではあるが幻の書がようやく刊行された。永年の渇(かつ)が癒やされたが、同時に長い間、未刊のままだった理由が分かった。
 前半は浅草を舞台に活躍するエノケンと菊谷栄との交遊ぶりが描かれる。二人が情熱をかけたカジノフォーリーが、浅草の闇のもっとも濃い奥山の一画にあるくだりにはスリルを感じた。後半は宝塚の豊かな芸能文化が雑誌「歌劇」の精読を通して語られる。だがそのくだりに至ってため息をついた。浅草から西の宝塚に至る過程で、山口さんの旺盛な筆が多彩な大衆文化に寄り道をはじめ、収拾がつかなくなってしまったのである。
 (晶文社・2484円)
 やまぐち・まさお 1931〜2013年。文化人類学者。著書『「敗者」の精神史』など。
◆もう1冊 
 東京喜劇研究会編『エノケンと<東京喜劇>の黄金時代』(論創社)。舞台・映画に活躍した喜劇役者のガイド本。
    −−「書評:エノケンと菊谷栄 山口 昌男 著」、『東京新聞』2015年04月05日(日)付。

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