覚え書:「【書く人】人の差異より普遍性『重力との対話』 舞踏家 天児 牛大(あまがつうしお)さん(65)」、『東京新聞』2015年04月12日(日)付。

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【書く人】

人の差異より普遍性『重力との対話』 舞踏家 天児 牛大(あまがつうしお)さん(65)

2015年4月12日
 
 「生卵は、立ちます。そーっと両手の指で支えていると、ある瞬間に、ピシッと止まる」。コロンブスの卵の逸話のように、殻の底をちょっと割って立たせる必要はない。子どもは偏見がないから、うまくいく−。
 そう話して、ほほ笑んだ。なんとチャーミングな。白塗りで剃髪(ていはつ)の、舞台上での鬼気迫る姿からは想像もつかない。
 世界的な舞踏家が、五月二十日から始まる新作の東京公演を前に、初めて出したエッセー集だ。一九七五年に「山海塾」を旗揚げし、八〇年に渡仏。ダンスの殿堂・パリ市立劇場で新作を発表し続けてきた。日仏を行き来しながら世界中で公演する。昨年は仏政府芸術文化勲章コマンドールを受章した。
 卵を立てるコツは「やさしく、静かに、ていねいに」。卵が地球の中心に向かって垂直に引かれる一点を見極めること。それを「重力との対話」と呼ぶ。
 「わたしにとって舞踏とは、重力との対話なのです」
 生まれ落ちて寝転がっていた赤ん坊は、やがて座り、立ち、歩くようになる。すべては、地球の核へと引っ張られる重力に抗(あらが)っている。だからこそ、人は常に「重力と対話」していると考える。舞踏の表現では、跳び上がることよりも、落ちる過程に着目する。視点の面白さに、とっつきにくかった舞踏が、にわかに身近に感じられてくる。
 神奈川県横須賀市に生まれた。創作の原点は、幼少期を過ごした漁師町の、海辺の光景だという。寄せては返す波、昇っては沈む太陽。そこに「永遠」を感じて陶酔していた少年は、ある日、「生命には終わりがある」と気付いて恐ろしくなった。以来、一貫して「世界は連続しており、個体は非連続である」ということを考えてきた。
 仏大使館員との偶然の出会いを機に日本を飛び出した。言葉も食べ物も習慣も違う異国で、勇気づけられたのが「人としての普遍性」だった。誰もが母親の胎内で生物の進化の過程をなぞるように成長して、この世に生まれる。喜怒哀楽に人種も国境もない。
 今も、幼子の目線で不思議を見つめ、創作を続ける。「神話や壁画は、時代や距離を超えて世界各地で共通する。宇宙や自然におののき、あふれる衝動を表現したからだと思う」。宗教対立や戦争にあふれた現代、「差異よりも、人は同じだと気付いて」と静かに祈る。岩波書店・二一六〇円。 (出田阿生)
    −−「【書く人】人の差異より普遍性『重力との対話』 舞踏家 天児 牛大(あまがつうしお)さん(65)」、『東京新聞』2015年04月12日(日)付。

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