覚え書:「創作の原点:戦後70年 映画監督・山田洋次さん 人種・労働差別を悔い」、『毎日新聞』2015年04月11日(土)付。
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創作の原点:戦後70年 映画監督・山田洋次さん 人種・労働差別を悔い(その1)
毎日新聞 2015年04月11日 東京朝刊
(写真キャプション)山田洋次監督。新作映画は長崎原発から3年後を描く=東京都新宿区で、小関勉撮影
(写真キャプション)松竹に入社したばかりの山田さん=1954年ごろ。本人提供
映画監督の山田洋次さん(83)が、新作映画「母と暮せば」の撮影に取りかかる。長崎原爆から3年後の物語。2008年「母(かあ)べえ」、14年「小さいおうち」に続いて、第二次世界大戦が映画の背景となる。満州国で育ち、戦後の復興から高度成長にさしかかる時代の撮影所で映画監督となり、「男はつらいよ」シリーズ、「家族」「幸福の黄色いハンカチ」「息子」など戦後日本を映画に刻んだ山田さんにとって、戦争体験はどんな意味を持つのだろう。
山田さんは大阪で生まれ、南満州鉄道で職を得た父親について3歳で旧満州(現中国東北部)に渡る。日本が実質支配する満州で、比較的恵まれた少年時代を過ごした。満州国は「五族協和」の理想を掲げ、日本、中国、朝鮮など人種にかかわらず平等を実現するとうたっていた。しかしそれはまやかしに過ぎず、日本人だけが一等国民で、他は劣る存在として扱われていた。少年時代に当たり前と思っていた不当な差別に気付いたのは、ずっと後のこと。そのことを悔いていると、繰り返し口にした。
「中国人は劣等だから貧しくて、汚い服を着て力仕事をするのは当然だと思ってた。たまに帰国して門司港に着くと、汚れた服着て重たい物持って働いてる労働者が日本人なのが、不思議でしょうがなかった。二重の差別心を持ってたんだね、労働に対してと、人種に対する差別と」
敗戦後は家財を売って食いつなぎ、47年、親戚を頼って引き揚げた山口県宇部市でも食うや食わずの生活を強いられる。焼け跡を片付ける肉体労働の現場で、在日朝鮮人のキムさんに優しくいたわられたことが、忘れられない。「数年前まで差別していた民族の人に庇護(ひご)されているという複雑な気持ちが、思春期の僕には大切だったんじゃないでしょうか」
戦前の中国で、中国人スター李香蘭として活躍した山口淑子が、こんなことを言っていたという。「あの頃の日本人は、なんであんなに威張っていたのかしら」
「この言葉は満州育ちの人間には痛いほど理解できます。朝鮮半島の人々を含めて、僕たちが隣国の人々を無意味に軽蔑していたことを、なんといって弁解すればいいのだろう」
同じ人間を敵として憎み、力で支配しようとする戦争は、国民感情に差別意識を植え付ける。
「そういうものはデータとして残されてない。歴史的事実からは、こぼれ落ちてしまう。だから戦後生まれの政治家も外交官も知らないけれど、アジアでバカにされた人たちは、よく覚えてる。そのことをきちんと考えないといけないと思う」。文学や映画などの芸術でこそ、表現しなくてはいけない。「それが結局、僕の仕事に反映してるに違いないと思う。罪の意識とでもいうかね」
東京大を卒業して松竹に補欠入社したのは1954年だった。敗戦直後にいち早く息を吹き返した映画界は活気に満ち、戦時中の統制からも、占領期の連合国軍総司令部(GHQ)の指導からも離れ、「充実して自信を持って、続々と作ってたね」と思い返す。映画会社の量産体制で製作本数は年300本を超え、映画人口も50年度の4億900万人からうなぎ登り、55年度には8億人を突破した。
50年代には、戦争映画の力作が次々と作られていた。52年には、軍隊の不条理を告発した「真空地帯」(山本薩夫監督)、広島原爆の傷痕を訴えた「原爆の子」(新藤兼人監督)。53年には「ひめゆりの塔」(今井正監督)が沖縄で散った女学生を描き、「雲ながるゝ果てに」(家城巳代治監督)は特攻で出撃した青年たちが主人公だった。54年9月に公開された、木下恵介監督の「二十四の瞳」は大ヒットとなった。小豆島の小学校を舞台に、戦争がもたらした苦難を描く。山田さんが松竹に入社したころ、ちょうど撮影中だったという。
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◇略年譜
34 満州に移住
54 東京大を卒業し、助監督として松竹に入社
61 「二階の他人」で監督デビュー
69 「男はつらいよ」第1作公開
70 「家族」公開
72 「故郷」公開
77 「幸福の黄色いハンカチ」公開
86 「キネマの天地」公開
91 「息子」公開
2002 「たそがれ清兵衛」公開
08 「母べえ」公開
12 文化勲章受章
13 「東京家族」公開
14 「小さいおうち」の黒木華がベルリン国際映画祭で女優賞
−−「創作の原点:戦後70年 映画監督・山田洋次さん 人種・労働差別を悔い」、『毎日新聞』2015年04月11日(土)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20150411ddm014040006000c.html