覚え書:「書評:廃墟の残響 戦後漫画の原像 桜井 哲夫 著」、『東京新聞』2015年04月19日(日)付。
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廃墟の残響 戦後漫画の原像 桜井 哲夫 著
2015年4月19日
◆未来へ発した警告の重さ
【評者】浦辺登=評論家
苛烈な戦場体験の漫画を描いた水木しげるから本書は始まる。すんなりと読み進むことができるのは、NHK朝のドラマ「ゲゲゲの女房」の残像があったからだ。著者もドラマに触発されて執筆を思いたったという。「戦後漫画の原像」という副題は、戦後の少年漫画家たちの表現の出発が、それぞれの戦争・戦後の体験にあったからだ。水木のほか、ちばてつや、白土三平、滝田ゆう、つげ義春、トキワ荘メンバーだった手塚治虫、寺田ヒロオ、藤子不二雄、赤塚不二夫らが登場する。
本書は社会史家による戦後漫画史の総括ともいうべき内容。そのことは、少年から青年へと成長した読者を「劇画」というステージに誘った過程を取り上げたことに表れている。長井勝一が手掛けた『ガロ』、手塚治虫が創り上げた『COM』が、社会に対するメッセージを投じ、その変革を世の人々が敏感に受け止めた事実を記してもいる。一九七○年以降、明らかに漫画の社会的ステータスが変わった。
「虚像の中の実像」とは鏡に映った己の姿を示す言葉だが、これはそのまま漫画の世界にも当てはまる。虚構の世界の出来事でありながら、少年少女を教育し、未来への予測や警告を発し、社会を啓蒙(けいもう)する役割を漫画や漫画家は持った。水木の戦場、手塚の空襲、赤塚やちばの引き揚げというそれぞれの体験が戦後漫画の共通の源となり、それが過去の光景を眼前に甦(よみがえ)らせる「廃墟(はいきょ)の力」、と著者は喝破する。「廃墟」が後発世代の漫画家にどう受け継がれ、どう変容したかを考察する。
戦慄(せんりつ)を覚えたのは「あとがき」で紹介された新人漫画家井上智徳の「コッペリオン」だ。首都の原発が事故を起こし、放射能抗体を持つコッペリオンという少女たちの姿が描かれる。この漫画の連載が始まったのが福島原発事故の三年前。過去と未来が円環的に繋(つな)がり不穏な状況が出現している今こそ、廃墟を経験した漫画家たちのメッセージを読み解く時ではないだろうか。
(NTT出版・2268円)
さくらい・てつお 1949年生まれ。東京経済大教授。著書『「近代」の意味』。
◆もう1冊
中国引揚げ漫画家の会著『もう10年もすれば…』(今人舎)。漫画家の赤塚不二夫や森田拳次らが中国からの引き揚げ体験を描く。
−−「書評:廃墟の残響 戦後漫画の原像 桜井 哲夫 著」、『東京新聞』2015年04月19日(日)付。
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2015041902000193.html