覚え書:「書評:経済学からなにを学ぶか 伊藤 誠 著」、『東京新聞』2015年04月19日(日)付。

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経済学からなにを学ぶか 伊藤 誠 著

2015年4月19日

◆新しい社会民主主義探る
【評者】根井雅弘=京都大教授
 国際的に著名なマルクス経済理論家による経済学史が登場した。副題に「その500年の歩み」とあるように、経済学史をケネーの『経済表』やスミスの『国富論』前後(十八世紀後半)ではなく、その前の重商主義の形成(十六世紀)から書き始めているのが特徴の一つである。
 重商主義からケネーの重農主義、スミスやリカードなどの古典派経済学、歴史学派と制度学派、新古典派経済学、そして社会科学としてのマルクス経済学など、経済学史上の重要な学派はほとんど網羅されている。
 経済学者が経済学史を描くときには必ず独自の史観が現れるものだが、本書もその例外ではない。例えば、著者は、新古典派ミクロ理論の流れにも、オスカー・ランゲのように一般均衡理論を社会主義経済計画に活用しようとした理論家がいたことや、マーシャルに始まるケンブリッジ学派が、生産手段の私有を前提にしながらも、労働組合運動を許容し、社会民主主義への道を開いたことに注目する。
 それにもかかわらず、いまだに影響力のある新自由主義は、社会主義社会民主主義に徹底して反対したオーストリア学派の流れをくむ思想であり、広い意味での新古典派のごく一部を継承しているに過ぎないと説く。正論である。
 では、マルクス経済学の理論家としての著者の特徴はどこにあるかといえば、それはやはりベルリンの壁の崩壊という大事件のあと、ソ連社会主義モデルを謙虚に反省し、新自由主義に対抗する思想として二十一世紀型社会主義を再構築していこうとする姿勢に現れていると思う。ソ連型モデルは社会民主主義を「改良主義」として排撃したが、「自由な個人のアソシエーション」というマルクスの原点に立ち返り、民衆の自発的で民主的な参加を尊重した二十一世紀型社会民主主義への期待が表明されている。特徴のある経済学史として一読をすすめたい。
平凡社新書・950円)
 いとう・まこと 1936年生まれ。東京大名誉教授。著書『幻滅の資本主義』など。
◆もう1冊 
 猪木武徳著『経済学に何ができるか』(中公新書)。格差と貧困、知的独占などの問題に対し、経済学がどう答えられるかを考える。
    −−「書評:経済学からなにを学ぶか 伊藤 誠 著」、『東京新聞』2015年04月19日(日)付。

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