覚え書:「今週の本棚・本と人:『夢の夜から口笛の朝まで』 著者・丸山健二さん」、『毎日新聞』2015年06月07日(日)付。

Resize2671


        • -

今週の本棚・本と人:『夢の夜から口笛の朝まで』 著者・丸山健二さん
毎日新聞 2015年06月07日 東京朝刊
 
 (左右社・3888円)

 ◇純粋な橋が真の感動語る 丸山健二(まるやま・けんじ)さん

 語り手は橋だ。山中の限界集落の入り口にかかる、蔓(つる)でできた吊(つ)り橋。橋は、自らの上を渡っていく村人の生の不条理を見つめ、徹底的に思索を巡らせる。動けず物言わぬ橋だが、人を見る目は親愛の情と好奇心でいっぱいだ。子供のよう。「『純粋』の権化ですね。ナルシシズムではなく、他者を愛するのが俺の文学です」。不条理の中の感動のありかを書き尽くす。

 4編から成る。まず春編は腰の曲がった山菜売りの「老婆」と、その相棒のフクロウが登場。甘美な物語は夏編になると一転、激しい風雨の夜になる。貧しく女っ気もない木こりが、死んだ父親を橋まで引きずって来る。木こりが素っ裸になって破顔一笑する姿に橋は感激する。

 最も情緒あふれるのは秋編。川へ投身自殺した「老女」がよみがえり、橋の上に花ござを広げてちゃぶ台にごちそうを並べ、ススキを生けた。民謡を口ずさむうちに娘盛りの頃に戻る。そして<粗雑きわまりない愚劣な国策のために駆り出され><命を剥奪された上に魂の放棄まで余儀なくされたまま、荒涼たる戦場に打ち棄(す)てられた存在>の兄を出迎える。橋は揺れを必死に抑えて兄妹の再会を支える。平和な観月の宴(うたげ)。兄妹は幼少時代にまで戻り、千代紙と箸で作った風車を回そうと走り出し、大はしゃぎするのだ。

 決して国民を守らない権力の正体を、橋と月が繰り返し警告する。「世界をトータルで見るために、俺は政治も経済も天文学も全部入れる。俺たちは残酷な世界に生きている。そこにこそ本当の感動があるんじゃないか」。冬編では、幼くして父母に捨てられ、都会で疲れて帰郷した青年が描かれる。約20年前に子を捨てて出奔する父母の姿が再現される。一歩を踏み出す青年の決断に甘さは皆無だ。

 文章は数行が一塊となり、その中で左下がりにレイアウト。濃密な文体ゆえの工夫だ。「普通に組むと圧迫感がある。それでも読みこなせる人は少ないでしょうが」。気楽にページを繰っても、なかなか頭に入ってこない。乗りこなせない。車に例えれば、ハンドルにもアクセルにも遊びがゼロのレース車だ。「文学の鉱脈は無限だが、岩盤は硬い。俺の文章はそこを掘るための削岩機ですから」<文と写真・鶴谷真>
    −−「今週の本棚・本と人:『夢の夜から口笛の朝まで』 著者・丸山健二さん」、『毎日新聞』2015年06月07日(日)付。

        • -




http://mainichi.jp/shimen/news/20150607ddm015070032000c.html



Resize2621


夢の夜から 口笛の朝まで
丸山 健二
左右社 (2015-04-28)
売り上げランキング: 93,497