覚え書:「書評:科学の危機 金森 修 著」、『東京新聞』2015年06月14日(日)付。

3

        • -

科学の危機 金森 修 著  

2015年6月14日


◆金塗れに喝 批判学を構想
[評者]野家啓一=東北大総長特命教授・哲学
 二十世紀初頭、「科学の危機」とは科学内部の理論的困難を意味した。すなわち、数学における集合論パラドックスの発見や物理学における量子力学の登場などである。
 それから一世紀、著者は科学と外部との関わり、すなわち現代社会との錯綜(さくそう)した関係の中に「一種の危機状態」を見てとる。具体的には、一九七〇年代以降「<金絡み>、あるいは<金塗(かねまみ)れ>の状態が、少なくとも一部の、それも主要な科学の常態になった」という事実である。
 そうした事態を打開するため、著者は「科学批判学」という新たな学問を提唱する。それは、科学を多様な人間文化全体の中に位置づける「公益性や公正という理念に基づいた<科学批判>の営為」にほかならない。
 その第一歩として、著者は第一章でコントの実証主義とルナンの『科学の将来』を手がかりに、十九世紀に確立された「科学の古典的規範」を描き出す。「自らの理性の声のみに従う孤高の自由人」という科学者像である。
 続く第二章では、こうした古典的規範が崩壊し、「特許絡みの知識の秘匿性、産業化の果ての莫大(ばくだい)な利益の可能性など」に目が眩(くら)んで変質した科学の現状が白日のもとに晒(さら)される。
 第三章では一転して、ノーベル賞の受賞理由となった空中窒素の固定法を開発し、毒ガスの開発に精魂を傾けたドイツの化学者フリッツ・ハーバーの生涯が、国家目的に隷従した科学者の一典型としてたどられる。
 第四章では廣重徹(ひろしげてつ)、高木仁三郎宇井純らの仕事がわが国における科学批判学の先駆として紹介され、それを踏まえて最後の第五章では、著者独自の科学批判学の構想が展開される。
 本書は、STAP細胞事件など研究不正に揺れるわが国の科学界への頂門の一針であると同時に、科学に目先の利益のみを求める国家の現状に一石を投じる骨太の科学論である。
 (集英社新書・821円)
 かなもり・おさむ 1954年生まれ。東京大教授。著書『サイエンス・ウォーズ』。
◆もう1冊 
 村上陽一郎著『人間にとって科学とは何か』(新潮選書)。地球環境や生命倫理などの問題を前に、科学と社会の新たな関係を考察。
    −−「書評:科学の危機 金森 修 著」、『東京新聞』2015年06月14日(日)付。

        • -





http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2015061402000177.html








Resize2733


科学の危機 (集英社新書)
金森 修
集英社 (2015-04-17)
売り上げランキング: 39,142