覚え書:「書評:地下水路の夜 阿刀田 高 著」、『東京新聞』2015年06月14日(日)付。

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地下水路の夜 阿刀田 高 著

2015年6月14日



◆文学が救う人生描く
[評者]木村行伸=文芸評論家
 豊饒(ほうじょう)な文学的知識を持つ作者は、近年、文学(小説や伝承、神話などを含めた広義の物語)が、人生にもたらす楽しみや文化的意義を、洒脱(しゃだつ)な短篇小説にしたため披瀝(ひれき)している。本書も、そうした「本」をテーマにした短篇集である。
 表題作の「地下水路の夜」は、製紙会社に勤める男性会社員の読書遍歴を描いた物語だ。冒頭、子供時代に読んだ絵本の思い出を、銀座の地下水路の記憶と混ぜ合わせて追想し、読書の魅力を幻想性豊かに綴(つづ)っている。また、志賀直哉の「暗夜行路」と絲山秋子の「逃亡くそたわけ」の二作品の共通点から、読書領域が広がっていくことの面白さにも言及する。さらに本篇では、全体論として、エジプト原産のパピルス(植物繊維)を原点とする「紙」と、そこに記された「文字」が、人類の英知であり、頭脳そのものであることを明言している。
 「言葉の力」は、親しい者の死や詐欺の被害など、人生の奇禍に遭遇する男性が主人公。彼は、酒場「LOGOS」で教わる、西郷隆盛の言葉など、数々の格言によって心を救われる。世の中に蔓延(まんえん)する争い事への解決策として、言葉(智慧(ちえ))の有する可能性を示唆した秀作だ。
 このほか、平安文学や、山本周五郎作品、ローマの古典劇なども取り上げた、全十二篇を収録。博覧の小宇宙群が、読者を、知的幸福感に陶酔させてくれる。
  (新潮社・1944円)
 あとうだ・たかし 1935年生まれ。作家。著書『新トロイア物語』など。
◆もう1冊 
 阿刀田高著『短編小説のレシピ』(集英社新書)。短編の名手が中島敦ら十人の作品を選び、その魅力や技法を解説。
    −−「書評:地下水路の夜 阿刀田 高 著」、『東京新聞』2015年06月14日(日)付。

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地下水路の夜
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