覚え書:「世界発2015:直近の紛争、民族超え学ぶ 旧ユーゴなど13カ国、共通歴史副読本」、『朝日新聞』2015年06月16日(火)付。
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世界発2015:直近の紛争、民族超え学ぶ 旧ユーゴなど13カ国、共通歴史副読本
2015年06月16日
(写真キャプション)90年代の資料をめぐって討論する、左からクロアチア、セルビアの歴史家とギリシャの責任編集者クルリ教授=アテネ、喜田尚撮影
多くの国と民族がひしめく欧州バルカン半島で、高校生向けの新しい共通歴史読本が来春、完成する予定だ。扱うのは、冷戦時代と旧ユーゴスラビア各国が紛争にのみ込まれた1990年代。同じ歴史に対する他国の異なる見方を知り、対立を乗り越えるための試みだ。
■各国で食い違う認識、紹介
ギリシャ・アテネの大学の会議室で4月半ば、5人の歴史学者が副読本の編集作業に追われていた。国籍は旧ユーゴのセルビア、クロアチア、スロベニアとギリシャ、ブルガリア。ギリシャの実業家らが設立した国際NGO「南東欧州の民主主義と和解センター」が進める共同歴史プロジェクトの編集者たちだ。
「この項目のタイトルはどうする? 登場人物の呼び方が一方の(国の)資料では『反体制派』で、もう一方では『テロリスト』となっているけど」
今、副読本に使う資料選びを進めているのが、「冷戦編」と「ユーゴスラビア解体と戦争編」だ。素材は各国計16人の歴史研究者らから送られてきた。完成すれば来春以降、順次13カ国で発行される予定だ。ただ、戦火を交えた旧ユーゴ7カ国では被害と加害の記憶が生々しく、事実に関する認識が大きく食い違う。
責任編集者のクリスチーナ・クルリ・パンテオン大学教授(ギリシャ)は「編集作業は本当に難しい。ただ、歴史は時に戦争の道具として利用されてきた。私たち歴史家には、それを繰り返されないようにする責任がある」と語る。
和解センターは昨年暮れから今年3月にかけ、紛争の激戦地や、民族間の緊張が解けない3カ所で各国の歴史教師らを集め、セミナーを開いた。2編の副読本の編集が本格化するのを前に、いま実際に授業でどのように紛争を取り上げているかをたずねるためだ。
コソボ、マケドニアとの国境に近いセルビア・ブヤノバツには、7カ国から35人が自国の歴史教科書を携えて集まった。この町の住民の半数以上は、2008年にセルビアからの独立を宣言した隣国コソボで多数派であるアルバニア系住民だ。セルビアとコソボ。それぞれの国の歴史教育には今も深い溝がある。
だが、コソボ独立から年月が経ち、住民が国境を越えて行き来することもできるようになった。ブヤノバツの高校教師、ヨビツァ・ベリツコビッチさん(55)は「紛争時からそれぞれの歴史教育が一方的だと感じていた。話し合える時が来たと思う」と期待する。
■融和へ、EUも支援
共通歴史読本のプロジェクトが始まったのは、旧ユーゴの解体が最終局面に入った99年。和解センターの創設者らは、それぞれの民族意識に基づく歴史観にしがみついたことが紛争につながったとの問題意識を共有していた。そこで副読本は、ある歴史上の出来事について異なる視点で書かれた文書や記事、写真や風刺画などを紹介する資料集とした。
これまで、「オスマン帝国編」から「第2次世界大戦編」までの計4巻が完成した。06年のセルビア語版を手始めに、バルカン半島と周辺の計11言語で発行が始まった。和解センターは、今では旧ユーゴ7国で7人に1人の教師が授業に導入しているとみる。
各国政府との関係は曲折をたどった。たとえばセルビア政府は当初、第2次大戦中にクロアチアのファシスト政権が設けた強制収容所の記述が少ないと主張した。和解センターが改訂版でセルビア側の資料を追加するまで、セルビア国内の学校で使用を認めなかった。
状況が変わり始めたのは、各国が欧州連合(EU)への加盟や関係強化をそれぞれの最重要目標とするようになってからだ。EUは旧ユーゴ各国に対し、周辺国との融和を加盟の前提として求めている。
EUは当初から、旧ユーゴと周辺地域の緊張緩和を進める手段としてプロジェクトに関心を抱いていた。欧州議会は09年、地域の相互理解をめぐる決議の中でプロジェクトへの支持を表明した。そして欧州委員会は昨年6月、副読本の「冷戦編」と「ユーゴスラビア解体と戦争編」の編集活動費として、60万ユーロ(約8300万円)の支援を決めた。
各国は今、副読本の使用を認めるだけでなく、和解センターのセミナーに教育省関係者を派遣するなどしてプロジェクトへの協力姿勢を示す。一方で、副読本を使うかどうかは高校教師一人ひとりの考えに委ね、自ら積極的に使用を奨励しているわけではない。
和解センターはプロジェクト立ち上げ当初から、各国の歴史教育に対する干渉ととられないよう、細心の注意をはらってきた。共通の歴史教科書ではなく、あくまでも副読本と位置づけたのもそのためだ。ズベズダナ・コバチ事務局長は「どの国の政府も本心から私たちの活動を歓迎しているわけではないだろう。ただ同時に、国際的に孤立した国に未来がないということも、紛争の経験から十分に理解しているはずだ」と語った。
(アテネ=喜田尚)
◆キーワード
<バルカン半島と紛争> バルカン半島周辺では19世紀、オスマン・トルコ帝国からの独立運動と並行し民族意識が高まった。第2次大戦後もギリシャの内戦を経て1970年代にトルコの軍事介入でキプロスが南北に分断。6共和国からなる連邦国家だったユーゴスラビアでは91年から各国が独立した。
連邦軍の介入によりスロベニアで内戦が起こり、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナで民族紛争が相次いだ。
セルビアの自治州だったコソボで独立闘争が激しくなり、98〜99年の武力衝突に発展した。
−−「世界発2015:直近の紛争、民族超え学ぶ 旧ユーゴなど13カ国、共通歴史副読本」、『朝日新聞』2015年06月16日(火)付。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S11809073.html