覚え書:「忘れられた詩人の伝記 宮田 毬栄 著」、『東京新聞』2015年07月19日(日)付。

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忘れられた詩人の伝記 宮田 毬栄 著  

2015年7月19日
 
◆純度高い抒情詩を導きに
[評者]郷原宏=詩人・文芸評論家
 大木惇夫(あつお)という詩人がいた。大正の末期、北原白秋に才能を見いだされて詩壇に登場し、文語定型を基調にした繊細優美な抒情(じょじょう)詩で注目を集めた。
 《一すじの草にも/われはすがらむ、/風のごとく。//かぼそき蜘蛛(くも)の絲にも/われはかからむ、/木の葉のごとく。》(「風・光・木の葉」前半)
 このように、自然の風物に託して人生の哀歓をうたった詩が多い。白秋はそれを「雪中に光る螢(ほたる)の気品がある」と絶賛した。
 昭和十七(一九四二)年、陸軍文化部隊宣伝班員としてジャワ島に従軍し、戦争詩の絶唱「戦友別盃の歌」を作って兵士たちを感泣させた。そして翌年、この詩を含む詩集『海原にありて歌へる』で大東亜文学賞を受賞した。
 そのために敗戦後は発表の舞台に恵まれず、次第に「忘れられた詩人」となった。戦後生まれの読者の中には、校歌や社歌の作詞者としてその名を記憶している人が多いだろう。
 著者は大木惇夫の次女。中央公論社の編集者として松本清張西条八十を担当し、韓国民主化運動の旗手、金芝河の詩集を出したことでも知られる。
 だから、これはよくある親自慢の回想記ではない。娘の視点から描かれた父親像であることに変わりはないが、随所に冷徹な編集者の眼が光っていて、まさに評伝と呼ぶにふさわしい作品に仕上がっている。
 激動の時代を生きた詩人の八十二年の生涯が、その時々に書かれた詩を導きとして精細に、愛情をこめて描き出される。波瀾万丈(はらんばんじょう)の伝記としてのおもしろさもさることながら、引用されている詩とその評釈がすばらしい。この大冊を読み終えるまでの一週間、私はずっと詩的な陶酔感に包まれていた。
 韻律と形式を失った現代詩が単なる行分け散文と化しつつある現在、この純度の高い抒情詩人に学ぶべきことは多いはずだ。本書のおかげで、大木惇夫は忘れられない詩人、忘れてはならない詩人になった。
中央公論新社・4968円)
 みやた・まりえ 1936年生まれ。文筆家。著書『追憶の作家たち』など。
◆もう1冊 
 山之口泉著『新版 父・山之口貘(ばく)』(思潮社)。貧乏だが温かくユーモラスな詩を書いた沖縄出身の昭和詩人がいた。娘による評伝。
    −−「忘れられた詩人の伝記 宮田 毬栄 著」、『東京新聞』2015年07月19日(日)付。

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