覚え書:「今週の本棚・本と人:『骨風』 著者・篠原勝之さん」、『毎日新聞』2015年10月04日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『骨風』 著者・篠原勝之さん
毎日新聞 2015年10月04日 東京朝刊

 ◆『骨風(こっぷう)』

 (文藝春秋・1782円)

 ◇「死」を手づかみにした小説集 篠原勝之(しのはら・かつゆき)さん

 「70歳過ぎるとね、死が身近になってくるだよ。特に原発事故以降の日本の漂流ぶりは病気だな……。死を書くことで生につながっていく。大事なことだから伝えたいわけじゃん」。執筆動機である。テレビでよく見た「ゲージツ家のクマさん」の声音は笑っているが、スッと聞き流せない重みと哀(かな)しみに満ちている。

 生きづらさを易しい言葉で、優しくすくい取る連作小説集である。幼少時の恐怖の源だった父、家族解散とネコへの愛、伝説の映画監督の素顔、スズメバチに襲われたてんまつ、哀れな弟の生きざま……。自身の身辺に材を取った、エッセーに近い私小説の味わいだ。「多少は針小棒大に書いたとこはあんだよ。アハハハ!」。とはいえ、語り手の<オレ>の異様に強いまなざしは、クマさん個人の周辺をはるか離れて、読者たる私たちの来し方と未来を照らす。地縁や血縁など、戦後日本で私たちが何を捨ててきたのかもはっきりと見せつけられる。

 その文体は身体の動きそのものである。<「ドンブラドンブラ、はいっ、ドンブラコォ」/節をつけて労働歌のように歌う。傍から見ると老婆虐待にしか見えないだろう>。認知症になった母親に何とか笑ってもらおうと、<オレ>はベッドを持ち上げて激しく揺さぶる。「オレはオッカサンを好きなわけ。言葉は通用しないからな、揺らすのが一番。困った顔を通り越して、ニコッと笑っただよ」

 鉄を使ったオブジェ制作で知られるが、流れるような文章はどこから? 「修練ではないけれど、深沢七郎さんが亡くなってから、全集を買っただよ。『楢山節考』も『笛吹川』も、あっさり1行で人が死ぬんだよ。それがオレ、好きなんだなあ」

 肉親も、敬愛する芸術家も、鹿やネコも、死に分け隔てがない。「みーんな同じに見えるだよ、オレには。オヤジや弟とは和解しないまま終わったから、書くことでサヨナラを言った面はあると思う」。悲しみも憎しみもない。「オレは、貧乏のズンドコだった若い頃、行き倒れにあこがれたことがあった。ネコの死骸とオレの白骨が転がってるのも悪くないなってね」。多くを失いながら、いずれ我が身と親しむに至った死を手づかみにした。珠玉、である。<文と写真・鶴谷真>
    −−「今週の本棚・本と人:『骨風』 著者・篠原勝之さん」、『毎日新聞』2015年10月04日(日)付。

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